「まだ、バイトだけどね。よかったら、一緒に勉強しないかい?」
「うーん、でも、僕達高校辞めた身だし」
「大丈夫だよ、大学には、高校行かなくても、資格を取ればいけるよ。それに
大学に行く行かないに関わらず勉強はしてみるといいよ」
僕達は黙った。
「僕はしたいな」
浩太が珍しく自分から言った。
「学校の授業は嫌いだけど、おじさんみたいな人から教わるのなら行きたい」
「ありがとう」
「でも、お金は?」
一也が言った。
「そりゃ、少しはかかるね」
「そう」
一也は頷いた。
「金は親に出してもらえないのならバイトかな」
おじさんは言った。
「バイトか・・」
一也は言った。
「駅前にあるでしょ、SK塾、あそこでおじさん働いているから、興味があっ
たら一度来るといいよ」
「うん、ありがと」
僕は言った。
「さて、おじさん、もう大学行かなきゃ。ああそうそう、おじさんの名前は春
日啓太、またね」
そう言って、春日先生は自転車に乗って去って行った。春日先生はおじさん
なんて歳じゃなかった、でも、この時は自分のことをおじさんと呼んだ。
「勉強か、できないとなると、なんだかしたくなるな」
一也は言った。
「そうだね」
浩太も言った。
「うん」
僕も同意した。
「金か・・よし、バイトしよう!」
一也は言った。
「僕も!」
僕と浩太は言った。
こうして、僕達と春日先生の時間は始まった。
僕は飲食店でバイトを始めた、ずっと皿洗いばかりだが、浩太は新聞配達、一
也はコンビニだ。そして稼いだお金で塾に通うようになった。母親連中は僕達
が自分たちで稼いで塾に通うようになったのを驚き喜んだ、家の中でも何故か
一足早く一人前と認められるようになった。先生は全教科を教えてくれた。
そして春がきて、暑い夏がもうすぐ始まる。

塾の時間が終わると、僕達は自習室に移って、先生の仕事が終わるまで勉強し
ていた。先生は僕ら以外の生徒も担当している。
時間がだいぶ経つと一也は知らないうちに眠っていた、疲れているのだろう。
「一也、陸人、浩太、終わったぞ」
先生がやってきた、
僕は一也を起こす。一也はバイトの時間も長い。
僕らは荷物をまとめて自習室を出ていく。
「先生、今日は、どこのコンビニ」
浩太が言った。
「駅前のところにするか」
「ええー、俺がバイトしてるところじゃん」
一也は言った。
「別にいいけど」
一也は言った。
僕らは自転車に乗ってコンビニに向かう。
先生も自転車だ。塾の他の講師は皆車で来ていたが、先生は自転車だった。聞
くとそんな金は無いと言っていた。
コンビ二に着くと、僕らは騒ぎながら入って行く。
「いらっしゃい、一也君」
 人のよさそうな店長が声をかけてきた。
「お疲れ様です」
一也は挨拶をした。
僕らはカップラーメンを一人一つずつ先生に買ってもらった。毎週火曜日と金
曜日は先生にカップラーメンをおごってもらっている。最初は自販機の缶ジュ
ースだったがコンビニのカップラーメンに発展していった。
駐車場で座りながら、僕らはいろんな話をした。
「なあ、みんな大学に行く気はないか?」
先生は言った。
「えー、大学?」
一也は言った。
「こんなに早く言われても」
浩太は言った。
「金が・・」
一也は言った。
「奨学金制度もあるぞ、自分の好きな分野を勉強したり研究するってのはなか
なかいいぞ、ないか?興味ある分野は?」
「まだ分からん」
僕は言った。
「僕は心理学かな」
浩太は言った。
「俺は工学・・」
一也も言った。
「先生はところで何勉強してるの?」
僕は訊いた。
「先生は生物学だ」
「おおー、でも初めて会ったとき数学やってたじゃん」
僕は言った。
「数学も物理学も化学も必要なんだよ」
「へー」
僕達は感心した。
「で、将来は塾の講師?」
一也が訊いた。
「まあな、本当は大学院に行って研究もしたかったんだが、そこまで金はない
。早く働きたい」
「先生も奨学金借りてるの?」
一也が訊いた。
「ああ、俺の両親は亡くなっていてな、叔父に育ててもらった、大学の金まで
もらうことはできんよ」
「へー、苦労してるね」
僕は言った。
「苦労に大きいも小さいも付けたらいかんだろうが、お前らの方が苦労してる
んじゃないかな。そう言えばなんで高校辞めたんだ?」
「一也が子どもつくっちゃってー」
僕は冗談めかして言った。
「お前・・・」
一也は言った。
「へー、すげー」
先生は笑った。浩太も笑った。
「で、本当は?」
僕はことの経緯を話した。
「ふーん、すごいな」
「まー、あれがなくてもたぶんいつかは辞めてたよ」
一也は言った。
「高校は俺には合わない」
「そうか」
「僕も辞めて良かったと思うよ」
浩太は言った。
「そうか」
「まあ、嘘でも、女の子とする時はしっかり避妊しろよ、それが男のマナーだ
」
「そこは任せといて」
一也は親指を突き出す。
「あれ、その反応はもしかして・・」
先生は言った。僕は笑った。
「まだだよ」
一也は言った。
「それより、明日の用意はしてあるの?」
「ああ、いろいろあるぞ。あれから買ったしなー」

次の日、綺麗に晴れていた、もうすぐ本当に夏がやってくる気配がする暑さだ
った。
僕達は自転車に乗って先生の家まで来た。
二階建ての安アパートの二階だ。
「せんせーい、来たよ」
「おう、入っていいぞ」
「うわ、何、この臭い」
「ああ、油絵描いているんだ」
「油絵?」
「ほんとだ、先生、絵なんか描くんだ」
「ああこれでも美術サークルに入っているんだぞ」
「知らなかった」
「何の絵描いてるの?」
「抽象画だ」
「どれどれ・・ほんとだ、よく分からん」
「いや、その反応は・・」
「おーい。早く例の物見せてよ」
「分かったよ」
先生はそう言ってエロ本を広げた。かなりの数だ。
「金無いのによく買うねー」
「生活に必要不可欠だからな」
先生は腕を組んで言ったが、全然説得力は無かった。
「一冊百円だ、どうだ、安いだろ」
「古本屋と変わらないよ」
「でも、まあ中身が選べるのはいいか」
「先生ジャンル広いしね」
「まあ、ゆっくり選んでけ」
そんなことを言いながら、僕らは持ってきたゲーム機でテレビゲームを始めた
が、先生は最近のゲームは難しいと全く相手にならなかった。
「先生、弱いよ」
「こんなに難しいとは思わなかった、一也強いなー」
「へへ」
「今日みんなバイトは?」
「休みだよ」
僕は言った。
「俺も休みにしてもらった」
一也も言った。
「僕は早朝だから」
浩太は言った。
「そうか、実は今日、サークルの飲み会を家でやるんだけど、参加してみる?
」
「飲み会?楽しそうだね」
「俺、参加してもいいよ」
一也は言った。
「僕もいいよ、明日も早いけど」
浩太も言った。
「じゃ、僕も」
僕は言った。
「よし、会費はタダにしてやるから安心しろ」
「はーい」
「みんな酒は飲めるのか?」
「俺は飲めるよ」
一也が言った。
「僕も」
僕は言った。
「僕は少しなら」
浩太は言った。
「そうか、無理に飲ましたりしないから安心しろ」
「うん」
「よし、じゃあ、買いだし行くか?」
「いいよ」
「おっと、その前に親に電話しなくて大丈夫か、携帯貸すぞ」
「家まだ仕事」
僕は言った。
「家も」
一也は言った。
「僕の家も」
浩太は言った。
僕らはしばらくゲームをした後、買い物に出かけた。いろんなものを買ったが
、お酒を大量にカゴに入れた。
「俺、ビール苦手だよ」
一也は言った。
「僕も」
僕と浩太は言った。
「そっかー、じゃあ、チュウハイとカクテルも買っておくか」
そう言って、先生はまたチュウハイとカクテルも大量に入れた。
僕らはワイワイ話しながら先生の家に帰ろうと歩き出した、もうすぐ夕暮れ時
だ。
「やっほー、春日君」
先生が振り向くと女の人が三人と男の人が二人いた。
「よう、早いな」
先生は手を挙げる。
「待ちきれなくてさー、早めに来ちゃった」
その中の綺麗な女の人が言った。
「その子たちは?」
男の人が言った。
「俺の塾の教え子、今日はこの子たちも一緒にだ」
「へー、かわいいわね、いくつ?」
「十六です」
一也が言った。
「わ、若い・・・おばさんの歳は言えないわ」
笑い声が起こる。
僕は視線のやり場に困った、女の人の胸に視線が行ってしまいそうでドキドキ
した。
浩太も顔を赤くしている。一也は堂々としていた、やっぱり一也はすごい。
みんなで歩いて家に着くと、先生は急に思い出したかのようにはっとした。
「ちょっと散らかっているから、ちょっとだけ待ってて、陸人達、ちょっと来
て」
僕らは何の事だろうと先生の方に歩み寄った。
「お前ら、本閉まってないだろ」
「あ、忘れてた」
「金は今度でいいから、気に入った本だけ急いで鞄にしまえ」
僕らは急いで本を選んで鞄にしまった。
こんなことをしながら、飲み会は始まった。
「かんぱーい」
髪の長い女の人の名前は横井玲菜だと分かった、横井さんはよく笑う人だった
。
一也はお酒が強かった。僕と浩太はすぐに酔ってしまった。一也は全然酔わな
い。僕らは少し大人の雰囲気を味わった。
「で、誰が先生の彼女なの?」
一也は訊いた。それを聞いてみんなは大爆笑した。
「一也君、うまいね」
男の人が笑った。
「その話題はちょっと・・」
先生は笑いながら言った。
「春日君にも彼女いたんだけどね」
横井さんは言った。
「今は別れちゃったんだよ」
女の人が言った。
「へえ、どんな人だったんですか?」
僕は訊いた。
「うーん、綺麗な人だったよ、春日には似合わないほど綺麗だったよ」
男の人が言った。
「その言い方はないだろ」
先生が言った。
「で、別れちゃったんですか?」
僕は言った。
「うん、まあ、いろいろあってな」
先生は言った。
「そっかー」
一也は言った。
「男と女にはいろいろあるんだよ、分かる?浩太君」
横井さんが言った。
「は、はい!」
浩太が慌てて返事をする。
みんながその様子に大笑いした。
そしてその晩宴会は遅くまで続いたが、浩太が明日朝早くから新聞配達の仕事
があるので、僕たちは十二時には帰ることにした。
「今日はありがとうな」
先生が言った。
「うん、こちらこそありあがとう」
一也は言った。
「これもね」
僕はバッグの中身を指した。
「ああ。送らなくて大丈夫か?特に浩太、だいぶ酔っているみたいだけど」
「大丈夫、俺が送って行くから」
一也が言った。
「すまない」
「じゃあ、また明日、塾で」
「ああ」
僕らは手を振って別れた。
僕らはふらつきながら自転車に乗ろうとしたが、浩太が危なっかしいので歩く
ことにした。
「楽しかったな」
一也は言った。
「うん」
僕が頷く。
「浩太、大丈夫か?」
一也が訊く。
「うう、大丈夫だよ」
浩太は言った。
「まあ、いい、ゆっくり帰ろう。俺たちにもあんな楽しい未来が待っているの
かな」
一也が言った。
「たぶんね、先生に出会わなければ、僕らどうなっていたんだろう」
僕は言った。
「そうだな」
一也はゆっくり反芻するように言った。
星が綺麗な夜だった。僕はゆっくり夜空を眺めながら歩いた。
その晩、僕は何故か胸の高まりが収まらなかった。横井さん、綺麗な人だった
な、そんなことを考えていた。
人に一目惚れというものが存在するなら、僕はおそらくそれにはまったのかも
しれない。幼い思春期男子にはよくあること、そうと分かっているが、そんな
言葉で済ませたくなかった。この恋には生存権を与えたかった。だけど、僕は
こんなの絶対かないっこない、そう思った。鞄の中に入っているエロ本を見る
気は起らなかった。

次ページ 小説総合ページ トップページ