ずっと一緒に
僕達三人はいつも一緒だった。何をするにもだ。この小さな町で僕達は傷つい
てきた。幼い僕らにとってこの雲の上に浮かんでいるような、不安定感はずっ
と続いて僕達は一生一緒だと思っていた。
「なあ陸人」
先生が僕の名を呼んだ。
「何?」
僕は面を上げる。
スーツ姿の先生、と言っても、大学生、つまり、塾の講師のアルバイト。先生
は茶髪。
「陸人、そこ計算間違いしているぞ」
「え、うそ」
「陸人、だっせー」
一也が言った、一也は何でもできる、でも少し体が弱い、そしてよくもてる、
そこはちょっとうらやましい。
「一也も間違えているぞ」
「え、うそ」
一也が慌てる。
浩太がふんふんと鼻息荒く問題に取り組んでいた。浩太は太っている。でも僕
達三人の中では一番繊細で泣き虫だ。だから傷つかないように気をつけないと
いけない。
「浩太・・」
先生が呼んだ。
「何?」
浩太が顔を上げる。
「お前も間違えているぞ」
「え、うそ」
「ああー、大丈夫か、お前ら」
浩太がしょんぼりした。
「いや、責めているわけじゃないんだ。すまん、俺が悪かった。間違えるのは
悪いことじゃない。大切なのは間違えた後どうするかだ、いいか諦めるなよ」
「先生ってさ、学校の教師の方が、塾の講師より向いているんじゃない?」
一也がペンを回しながら言った。
「うーん、学校の教師より、塾の講師の方が生徒により近くなれる気がするん
だ」
「ふーん、明日さ先生の家に行っていい?」
一也が身を乗り出しながら言った。
「馬鹿、そういうことは小さな声で言え。塾内ではそういうことは禁止されて
いるんだから」
「了解です」
僕は敬礼のポーズをした。
「明日は水曜日か、いいぞ、大学行かなくてもいい日だから」
「例の物、よろしく頼みます」
一也は言った。
「ああ、分かっているよ。今は勉強の続きをやってみよう」
「はーい」
僕らは返事をする。
明日は祝日というわけではない、季節はもうすぐ夏だが学校もまだ長期の休み
に入ったわけではない。だけど僕らは時間が空いていた。僕らは普通なら高校
二年生の歳だ。それでも時間が空いているのは、僕らがだいぶ前にいろいろあ
って学校を退学になったからだ。それは高校一年の頃だった、今から半年ほど
前のことだ。そうあの日は雪が降っていた。
しんしんと昨夜から雪が降っていた。朝起きてみると外は一面の銀世界。僕は
外を覗き、おおと声を上げた。
「すっげー、積もっているじゃん」
「昨夜から降っていたからねー」
母さんが言う。
「ほら、早く食べて」
僕の家は母子家庭、実を言うと一也も浩太も母子家庭。僕らが幼い時に、母親
同士が市の母子家庭友の会みたいなので知り合って、そこのつながりで僕達三
人は知り合った。
「母さん、もう出かけなくちゃいけないから」
「うん」
母親はあたふたと忙しそうにしている。
「先に行っていいよ、カギ閉めておくから」
「ありがとう、頼むわ」
そう言って母親は出て行った。
玄関の外で寒いという声が聞こえた。
僕もゆっくりしていられなかった。学校に遅れる。
急いで食べて、着替える。鞄を一応持つが、中には何も入っていない、教科書
類は全て学校のロッカーの中に入っていた。
全部用意ができた時、インターホンが鳴った。
「はーい、今行く」
僕が外に出ると浩太と一也がいた。
最初の挨拶はいきなり雪を顔にぶつけられた。
「お前らー」
僕の声は白い塊となって空気中で凍りつく。僕が反撃しようとすると、二人は
駈け出した。僕は二人の後を追おうとする。
「おっと、カギカギ」
僕は鍵を閉める。手が冷たい、雪はまだ少し天から落ちてくる。今日は寒いな
、そんなことを思った。
背中にもう一度雪がぶつけられる。振り返ると浩太と一也が笑っている。
僕は雪を掴むと二人にぶつけようと走り出した、浩太と一也も走り出す。もう
乱戦になって僕達は雪合戦を始めた。
その日の僕らの周りには笑い声が弾け合っていた。
雪合戦は校舎の中に入っても続いていた。
だが教室の中に入るとその教室の雰囲気に雪合戦は止まった。
女子達が一人の女の子、桂を囲んでいた。桂は泣いていた、僕は最初、いじめ
られているのかと思ったがどうも違うらしい。よく見ると、桂は他の女子から
慰められていた。
「どうしたの?」
僕は近くの男子に訊いた。
「なんか、妊娠したらしい」
「妊娠!」
僕は大きな声を出してしまい、女子達に睨まれた。
「それが、桂が相手の名前を言わんらしい」
「そうなの」
浩太が言った。
「それで中絶もしたくないみたいや」
「・・・」
一也は何も言わなかった。
僕は何か言い難いものが胃からのどに上がってきてどうしたらいいか分からな
かった。
「おい、席着け。もうチャイム鳴ってるぞ」
担任の近藤が入ってきた。近藤は四十代の独身男だ。
「桂、お前も席着け」
近藤の生徒の評判は良くない、僕も近藤が嫌いだった。みんな、仕方なく席に
着く、桂も目を伏せながら。
「桂、お前、いい加減にしろ。言ったらどうだ。相手の名前」
桂は泣きながら下を向いている。
「お前のせいでみんなが迷惑しているのが分からんのか?」
ホームルームは険悪な雰囲気で終わった。
最後に近藤は大きなため息をついて出て行った。
近藤が出て行ったあと、誰も立ち上がれなかった。みんな黙っていた。
そして一日は始まった。
一限目から放課後まで重い空気は教室中に漂っていた。
放課後のホームルームでまた近藤は言った。
「桂、お前が相手の名前言うまで、今日はみんな帰さんからな」
みんな、下を向いて何も言わなかった。しかし、一人の手が挙がった、一也だ
。
「先生」
「なんだ」
「あの、責任は男の側が大きいんじゃないでしょうか。こうして桂さん一人に
責任負わせて逃げているわけだし」
「・・・」
「桂さんはここまで男をかばおうと頑張っているわけだし、男がこの学校の生
徒だったらもう退学にしたらどうですか?」
一也は言った。
「そうだな、男は退学にしよう。これだけしても黙っているわけだしな」
そこまでできるほど近藤は権限を持っていた、この学校は私立で、近藤は生活
指導の顧問だった。
「そして、桂さんは傷ついているわけで、被害者ですよ、だから許される立場
ですよ」
「む・・そうだな・・」
「じゃあ、無罪放免」
「んむ・・・わかった、そうしよう、桂、ここまでしてやるんだ、早く相手の
名を言え」
桂は下を向いている。
「先生」
また一也が手を挙げた。
「なんだ」
「相手は俺です」
僕らは一斉に一也を見た。
「というわけで、俺、退学しまーす」
一也はそう言って荷物を持って、教室から出ていった。
「な・・」
近藤は固まっていた。
桂も顔を表にあげて固まっている。
僕は急いで立ち上がり、一也の後を追った。僕が追いついた時には一也は下駄
箱で靴を履いていた。
「一也」
僕は声をかけた。
「よう」
一也はこちらを向いた。
「ようじゃねえよ」
僕が言うと、一也はにやりと笑った。
「一也」
浩太も追いついた。
「お前だったのかよ」
僕は言った。
「違うよ」
一也はさらっと言った。
「へ?」
僕と浩太は何言っているんだこいつはという顔をした。
「俺まだ童貞だし」
一也は、ははと笑った。
「じゃあ」
「まあ、そういうこと」
「お前、退学だぞ」
「ああ、しかたないんじゃね」
「退学だぞ」
「うん、しかたねえよ。それにさ、桂の腹の中には子どもがいるんだぞ。みん
な、そのこと軽く思ってねえか。俺の退学ぐらい軽い軽い。それに俺、ずっと
学校辞めたいなて思っていたところなんだ」
「そんな、軽く考えて・・」
「軽くねーよ、俺は本気だ」
「僕も、僕も辞めるよ」
浩太は言った。
「じゃあ僕も」
僕は言った。
「お前ら・・・あのさ、俺実はずっと足震えていたんだ、サンキュ。でもお前
らまで巻き込んじゃいけないよ」
「そんなことないよ」
浩太が言った。
「そうだよ」
僕は言った。
「そっか」
一也は外を見た。
「まだ、雪残っているな・・やるか」
「ああ」
「うん」
僕達はその日、学校の近くの河川敷で雪合戦を遅くまでした、体はへとへとに
なった、それでも僕らは笑った、駆け回った。まるで子犬みたいに・・・
家に帰って、僕は母親と口論になったが、ついに母親の方が折れてくれて、僕
は学校を辞めることができた。
「まったく、あんたは、はー。あんたは良いけど一也君は特待生だったんだよ
」
そうだ、一也は特待生だったんだ。一也の家の収入じゃ私立の高校なんか入れ
なかった、でも一也は成績がよく、特待生になれた。
「一也君、大丈夫なの?」
「・・たぶん」
「今までの学費の分とかどうなるのかしら?」
「うーん」
「あなたも学費タダだったってわけじゃないんだからね」
「うん、ごめん」
僕は本当に母親には申し訳ないと思っていた。
その時電話が鳴った。母親が出る。
「もしもし・・ええ、聞いたわ・・・うん、そうね・・大丈夫よ」
その後十分程して母親は電話を切った。
「一也君のお母さんからよ」
「・・そう」
「泣いていたわ」
「う・・」
「家や浩太君の家はまだ、いいのよ、お父さんからのお金もまだあるから」
そう、僕や浩太の家では別れた父親からお金が送られてきていた。
「一也君のお父さんは亡くなっているのだから、大変なのよ」
「・・分かっている」
一也の家は離婚ではなく、幼い時に父親が亡くなって母子家庭になった。母親
父親両方の家庭は複雑で援助はしてもらえないらしい。だから高校進学時も金
銭面で心配された。
「浩太君も、ああもう心配だわ」
母親はそう言って、溜息をついた。
「・・うん」
「で、あなた、学校辞めたらどうするの?」
「・・・・まだ決めてない」
「そんなことでどうするの?」
「しかたないだろ、今日決めたことなんだから、少しは時間くれよ」
「ちょっと、どこ行くの?」
僕は自室に入って行った。鍵を閉めて、ベッドに寝転んだ。
「はあ、本当にどうしよう」
僕は枕に顔を押し付けた。確かにあまりよく考えずにやめることを決めてしま
った。でも一也一人を辞めさせたくなかった。そんなの絶対に嫌だ。
次の日僕らは近所の公園に集まった。
浩太が顔に青あざをつくって来た。
「どうしたの?浩太」
「お母さんがちょっと・・」
「そっか、僕の家もちょっと・・」
僕は言った。
「俺は泣かれた」
「一也、お前、今まで免除されていた学費はどうなるんだ?」
「昨日、近藤から電話がかかってきた、口げんかになったけど、払わなくてい
いことになった」
「・・そっか」
「特待生って言っても全部払わなくていいわけじゃないんだ、施設管理費とか
けっこうするんだよ。だから前からずっと辞めたかったんだけど・・泣かれる
のはきつい」
「一也、これからどうするんだ?」
「とりあえず、バイトかな」
僕はバイトなんて考えてもいなかった。今までは学校の規則でバイトは禁止さ
れていたが、学校に行かないのなら当然だな。
「僕もバイトかな」
僕は言った。
「僕にも・・できるかな」
浩太は言った。
「慣れじゃないか・・・ダメならニートだな」
一也は言った。
「そうだな、ニートかな」
僕は言う。
「ニートか」
浩太は呟く。
「なあなあ、ところで、あの人何しているんだろ」
一也は言った。一也の指差した方を見ると一人の男性が地面に棒で何か書いて
いる。
「うーん、何だろう」
浩太は首を傾げる。
「よし、行ってみようか」
そう言って、一也はブランコを降りて近づいて行った。
「ちょっと、一也」
僕らは一也の後を追う。
「何しているんですか?おじさん」
こんな人構わない方がいいのに・・と僕は思った。
「う?ああ、ちょっと、数学をね」
「数学?」
「ああ、大学の課題を少しね」
「じゃあ、おじさんは大学生?」
「そうだよ、君たちは?」
「高校中退のプー太郎」
「そう」
「驚かないの?」
「いや、別に」
「ふーん」
「じゃあ、これ知っているかな?」
おじさんは数式をすらすらと書きだした。
「何これ?」
僕は訊いた。
「これがこうなって、こっちがこうなって・・」
おじさんは面白いようにどんどんと式を変形させてく。
「それでイコール0になっちゃうんだ」
「へー、面白いね」
一也は言った。確かに面白かった、浩太も頷いている。
「だろ」
おじさんは笑みを浮かべた。
「君達、学校は嫌いかい?」
「うん」
僕らは頷いた。
「じゃあ、勉強は?」
「・・・今のみたいなのは好き」
「そうか、じゃあおじさんがバイトしている塾に来ないかい?」
「おじさん、塾の講師なの?」
僕は言った。
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