第五章

また夢だ。でも今回のはいつもと違う。いつもよりはっきりしている。
私は横になっている。
男の人が泣いている、ああ、やっぱり幸人さんだ。
「この木の葉にかけて誓います、必ず会いに行きます、約束です」
「約束だよ、必ず、必ず、また会おう」
白い犬が「くーん」と鳴いた瞬間私は目を覚ました。
また頬が涙で濡れている。
何故だか嫌な予感がする。
「かなえさん?」
隣を見ると布団はそのままで誰もいない。
トイレ?
急いで私は一階に降りて行った。お母さんが台所にいる。
「お母さん、かなえさん知らない?」
「佐藤さん?まだ見てないわよ」
トイレにもいない。
「かなえさん、どこか行っちゃったみたい」
「佐藤さんが?」
後ろから進の声がした。
「うん、家に帰ったのかな」
お母さんが困った顔をして言った。
「それはないと思うわよ、実は昨日佐藤さんのお母さんから電話があって、お
金を渡すから、かなえさんをしばらく預かってほしいと電話があったの」
「まさか、それかなえさんに」
「・・うん、お金はいりませんと答えて、どうしようか迷ったんだけど、かな
えさんが家に帰って嫌な思いをしないように話してっしまったの」
「そんな・・」
「探すぞ、姉さん」
進が声をかける。
「え?」
「何しているんだ、早く着替えろ」
「う、うん」
どうして、どうして姿を消したの?
「俺、中学校の向こう側見に行ってくるから、姉さん、丘の方、頼んだ」
「うん」
どうしよう、どこから探せば・・私かなえさんのこと全然知らない。まずは加
奈子ちゃんの所に行ってみよう。
私は急いで加奈子ちゃんの所に行った。
「加奈子ちゃん、かなえさんがいなくなったの」
私は息を切らしながら話した。
「どうして」
「分からない」
「分かった、私も探すよ」
「でも、今日学校」
「今日、日曜日だよ」
「あ、そっか」
「由美子、どこかかなえが行きそうな場所知らない?」
「それが・・・あっ」
あった、一か所だけある。幸人さんの家。
「部長の家にもしかしたら・・」
「行こう」
私たちが書店に着くと案の定店はまだ開いてなかった。どうしようか、迷って
いると幸人さんが新聞を取りに表に出てきた。
「あ、おはようございます、どうしたのですか?」
「あの、それが・・」
理由を話すと幸人さんは言った。
「ここには来ていませんね、まずいな、和人呼んできますね。」
「どうしよう、加奈子ちゃん」
「嘆いても仕方ないよ、かなえを信じよう」
幸人さんと和人さんが出てきた。
「じゃあ二手に分かれよう。私は木下さんと、和人はえっと」
「森野です」
「森野さんと」
私達はそこら中を探し回った、でも見つからなかった。
日が暮れて家に帰った時にはもうへとへとだった。おかあさんはすごく申し訳
なさそうな顔をしていた。
「お母さんのせいじゃないよ」
「ごめんね、私があんなこと言わなければ」
進も帰って来た。
「友達にも手伝ってもらったけど、ダメだった」
「進、ありがとう」
「一応佐藤さんの親にも言った・・けど」
「けど、どうしたの?」
「言いたくない、一発殴ってやった」
「殴ったの?」
「うん」
「そう」
まだ小学6年生なのにすごいな。
「とりあえず、お風呂にでも入ってきなさい」
「俺、こんなに悔しいのは初めてだ」
そう言って進は風呂場に向かって行った。
「私も悔しいよ」
誰もいない、玄関に向かって言った。外は太陽が沈みきれいな赤焼けを作って
いた。
私は自分の非力に情けない想いでいっぱいだった。

夜中私は思い出したかのように起きだし外に向かった。
この時間ならもしかしたらいるかもしれない。
私は公園に向かった。
公園には先客がいた、幸人さんだ。ゆっくり近づいていく、手に缶コーヒーを
持ってベンチに座っていた。
「幸人さん」
「うわ、びっくりしました・・はは、佐藤さんかと思いましたよ」
「かなえさんじゃなくて残念ですね」
「そんなことありませんよ、微糖でよかったですか?」
「はい」
私は少し笑った。
「どこに行ったのでしょうね」
「はい、夜になるとこの公園に戻ってくるかと思ったのですけど・・はい」
缶コーヒーを手渡される、冷たくて気持ちいい。
「大学生ってすごいですね」
「何がすごいのですか?」
「しっかりしていて、もう大人って感じがして」
「私はそうじゃありませんよ」
「え?」
「私はまだまだ子どもです」
「そんなふうには全く見えませんよ」
「外見だけがきれいなのですよ、中身は汚いです」
「そんな・・」
その時、声がした。
『まだ思い出さないのか?』
この声はかなえの声だ。幸人さんにも聞こえたみたいだ。
「かなえさん!どこ!」
しかし辺りに人の気配はない。
幻聴?しかし確かに聞こえた。夜の闇が二人を包む。もうすぐ来る夏の気配が
少し蒸し暑さを感じさせた。
空耳だったの?でも確かに。幸人さんにも聞こえたみたいだ。
夜の暗さが辺りの空間を静寂に染めた。
「もういないみたいですね」
幸人さんが呟く。
「かなえさん・・・」
 「今、闇雲に探してもきっと見つかりませんね、でもさっきの言葉はいった
 いなんのことでしょう?」
「たぶん・・・夢のこと」
なんで夢のことをかなえさん知っているんだろう。
「夢?」
「はい、幸人さんは不思議な夢を見ませんか?」
「・・何の事を言っているのですか?」
私は勇気を出していった。
「私は夢の中で何度も幸人さんに会っています」
「・・・」
お願い、信じて。
「本当です、・・約束もしました。また会おうと」
「それは思春期の感情が作り出したものなのでは?」
「違います・・お願いです、信じてください」
こんなに好きなのだから・・
「お願いです・・」
「・・お家に帰ってゆっくり休まれた方がいいですよ」
そんな、こんな言葉を待っていたわけではない。
私は泣き出しそうになった。その顔を見て幸人さんは動揺した。
「私、私・・幸人さんが好きです」
幸人さんは悲しそうな顔をした、私は辛くて心が壊れそうになった。
「私は誰かに好きになってもらう資格などありません」
「そんな、そんなことないです、どうしてそんな悲しいことをおっしゃるので
すか?」
「・・私はひとりの恋人を死なせてしまった」
「・・」
「大切な人でした、そう、とても大切な人でした」
大切な人。
「彼女は私を必要とし、私は彼女を必要としました。好きでした、お互いに両
思いでした」
やめて、そんな話聞きたくない。他の人を好きだったなんて。
「彼女は病を患っていました、私は自分の気持ちだけを優先して彼女の苦しみ
を全く理解していなかった」
病・・
「こう言われました、あなたは私のことを百分の一も理解していないと、ただ
自分の感情を押し付けているだけだと、あなたの好きはもう苦しいと」
・・
「私は言いました、好きだから、君の気持ちを知りたいと。でも彼女はこう言
いました。私にはもう誰も要らないと。そしてある晩彼女は腕を深く切って亡
くなりました」
幸人さんは私の方を見た。
「分かっていただけましたか?私はもう誰も好きになりたくないです、独りで
いたいです」
「そんな、そんな悲しいこと言わないでください、お願いです」
「嫌です、誰かを好きになるのはもう」
私はその言葉で絶望した。
雨が降り出した。
幸人さんは静かに立ち去って行った。
私はベンチに倒れるように座り雨に濡れるのに身を任せた。
第五章雨

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