第四章

次の日雨が降った。
今日は雨だ、私は雨が嫌いじゃない。濡れるのは嫌だけど、部屋の中から眺め
る雨は好きだ、雨の音も好き。
「あれ、かなえはいないの、まだ保健室で寝ているの?」
加奈子ちゃんがお弁当を持ってやって来た。
「先生が風邪で休みだって」
「馬鹿は風邪ひかないって言うのにねー、ははは」
加奈子ちゃんは笑った。
「かなえさんは馬鹿じゃないよ。テストの点とかすごくいいよ」
「本当?授業出てないのにね」
「教科書読めば分かるって」
「へー、それはそれは、あの子結構大人っぽいしね」
私はお弁当箱を開ける、たこさんウィンナーだ、お母さんありがとう。
「佐々木部長の風邪がうつったのかな」
「何?佐々木さん風邪ひいていたの?」
「うん、昨日ね、見舞いに行ったよ、かなえと真下さんと私で」
「まさか、密室でかなえが二人きりになったとか?」
「それは真下さんだよ」
「なるほどねー、やっぱりね、真下さんそうだと思ったよ」
「加奈子ちゃん気づいていたの?」
「当然よ、女の子だもん」
「ふーん、あ、じゃ、今日かなえさんのお見舞いに行こうか?」
「お、いいねえ、でも家の場所分かる?」
「小林先生に訊くよ」

「せんせーい」
職員室はあまり好きじゃないけど、小林先生は好きだった。先生は遅めの昼食
を食べていた。野菜ジュースのストローをくわえながら振り返る。
「んー、どうした?木下」
「かなえさんのお見舞いに行きたいから、家の場所を教えてください」
「ああ、駅の近くに佐藤病院ていう病院あるだろ」
「はい」
「あそこだよ」
「え?入院しているのですか?」
私と加奈子ちゃんは声をそろえて言った。
「ちゃうちゃう、親がそこの院長なんだよ、裏に家があるから」
私たちは口を開けて閉じられなかった。
院長?
「そうだ、このプリントも届けてくれるか、三者面談の、ん、どうした、お前
たち。そんな顔して」
「いえ、あの、驚いて、病院の院長だなんて」
「んー、あんまし、そんな目で佐藤見てやるなよ、せっかくの友達なのだから
」
「は、はい」

「驚いたね」
加奈子ちゃんが廊下を歩きながら言った。
「うん」
「佐藤病院てかなり大きいよね」
「ねー、でも先生が言っていたけど・・」
「そうだね、ダチだしね」
加奈子ちゃんが言った。

「佐藤さん風邪なの?」
真下さんが驚いて言った。
「僕のがうつったのかな?」
和人さんは今日は元気に登校してきた、申し訳そうな顔で言う。
「そんなことないと思いますよ、今日はお見舞いに行きたいので部活休みます
ね。じゃ行こうか、加奈子ちゃん」
「うん」
「ちょっと待って」
和人さんが引き止める。
「僕も行くよ」
「私も」
真下さんも立ち上がる。
こういうわけで、4人で行くわけになった。

大きい、あまり佐藤病院には来たことなかったので、その大きさにびっくりす
る。
「何?入院しているの?佐藤さん」
真下さんが心配そうに尋ねた。
「いえ、親御さんが、ここの院長みたいなんです」
加奈子ちゃんが病院の看板を見つめる。
「今日、休診日みたいだね、家、行ってみよっか」
裏に回ると豪華な家があった。
「すごい」
わたし達は感嘆した。
「どうする?」
私は家の気迫に押されて加奈子ちゃんに尋ねた。
「行ってみよう」
和人さんはすたすたと歩いて行く。
和人さんすごい、真下さんが惚れるわけだ。
インターホンには防犯カメラ付きだった、私たちの町は田舎だったからこんな
の初めて見た。
インターホンを鳴らすと男の人の声がした。
「どなたでしょうか?」
お父さんかな。
「佐藤さんの友人です、今日は見舞いに来ました」
加奈子ちゃんが答える。
「・・・ちょっと待ってください」
数分してから男の人が出てきた。
「かなえは今体調を崩しているので」
「お会いすることできませんか?」
加奈子ちゃんが言った。
なんかまずい雰囲気になってきた。
「あの、これ、三者面談のプリントです」
私は勇気を出して渡した。お父さんが受け取った。
「三者面談か、くだらん、そんな暇ないのにな」
「どっちがいいんだよ!」
家の中からものすごい声が聞こえた
「あんたは、あたしが邪魔なんだろ!あたしが生きるのと死ぬの、どっちがい
いんだ!」
かなえの声だ。私たちの空気が凍りついた。
「あたしは医者なんかにならない、好きなように生きてやる!あととりならお
前の大切なそいつがなればいいだろ!」
何かが割れる音がする。かなえさんが出てきた。顔に殴られたようなあざがあ
った。私たちを見たかなえは固まった、そして目を伏せる、こぶしは固く握り
しめられていた。かなえは
すぐに駈け出して私たちから逃げ去った。
私達はかなえを追った。
「かなえさん!」
かなえはふみきりの前で立ち止まった。遮断機が下りてカンカンと音が鳴る。
その音が私たちに焦りをもたらす。
かなえはこちらを振り向いてくれない。いったい何を思っているの?
電車が通り過ぎると和人さんが話しかけた。
「佐藤さん、大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えるかよ」
「すみません」
「いいっすよ、謝らなくて・・悪いのは私ですから」
「あなた本気で言っているの?」
加奈子ちゃんが強い口調で言った。
「かなえ、あなた、家庭環境が複雑みたいで、それは私たちが想像できないよ
うなものなのかもしれないけど。私たちダチでしょ?ならなんでも言っていい
よ、ごめんなさいは要らないよ」
かなえは私たちの方を振り向かずに言った。
「あたしは・・あんた達のダチなんかになる資格ないよ、あたしは・・・」
「そんなことないですよ」
後ろから声がした。振り向くと声の主は幸人さんだった。
「佐藤さんはこの子たちにとって大切な存在ですよ」
かなえは振り返らなかった。肩が震えている。
「・・・あたし、もうどうしたらいいか分からない。あの家は地獄だ、でも私
はあまりに無力で、言葉で反抗することしかできない、殴ろうとした瞬間、こ
ぶしがどうしても止まってしまう」
しばらく沈黙があった、沈黙を打ち破ったのは私だった。
「かなえさん、しばらく私の家に泊まりなよ」
「ダメだよ、誰かに迷惑をかけるなんて嫌だ」
「甘えなよ、ダチだからさ」
加奈子ちゃんが声をかけた。かなえは返事をするのに数分かけた。
「・・・分かった、そうする。ごめん」
「ごめんじゃなくて、ありがとうですよ」
幸人さんが言った。
「うん、ありがとう」
かなえが私たちの方に戻ってきた。
「兄さん、なんでここにいるの?」
和人さんが尋ねる。
「電車に乗っていたら、和人たちが見えてね。今大学の帰りだよ」
「幸人さん、ありがとうございます」
私は深々と頭を下げた。
加奈子ちゃんが私を肘でつつきながらヒソヒソ声で尋ねた。
「佐々木さんのお兄さん?」
「うん」
「それじゃあ、家の方には私と和人が伝えておきますね、和人、案内して」
「うん、すぐ近くだよ」
「私も行きます」
真下さんが言った。

「というわけで、お母さん、しばらくかなえさんを泊めてあげていい?」
「うーん」
お母さんは腕を組んで考えた。
「あのさ」
進が口をはさんできた、きっとろくでもないことを言うに違いない。
「いいんじゃないの?」
へ?
「人助けなのだし、それにもう向こうの親には言っちゃったんだし」
「そうねえ」
進、ありがとー。
「いいわよ、かなえさんに伝えておいで」
やった!
「進、ありがとうね」
「いいよ、当然のことをしただけだよ」
私は二階の自分の部屋に上がっていった。下では電話の音が鳴っていた。
「かなえさん、お母さんがいいって」
「そっかあ、ありがと、お父さんは?」
「ああ、お父さん、私が小さい頃に死んじゃって」
「あ、ごめん」
「いいよ、いいよ、気にしないで」
「それより何かしようか?」
「うん、でも由美子、宿題とか出てないの?」
「あ、数学が・・」
「教えるよ、それやろ」
「ありがと、ごめんね」
「それはこっちの台詞だよ」
「うん、へへ」
「照れるところでもないぞ」
「はは」

「ダメだ、わからん、どうしよう」
私は机に向い、頭を抱えていた。かなえは教科書をパラパラと読んでいる。
「あと5分待って」
かなえが言う。
5分後かなえが机の上の問題を覗きこんだ、
「これはまず着眼点として二つ分からないことがあるってところに注目する、
こういう場合はどうしたらいい?」
「えっと・・連立方程式?」
「そう、やってごらん」
「うん」
・・・
「できたよ」
「次どうすればいいか分かるか?」
「分からない」
「じゃあ、5分間だけ考えてごらん、数学は考えたら考えるほど伸びるから」
・・・
「やっぱり分からない」
「グラフ描いてごらん」
「うん・・・あ、分かった」
「こういう場合はグラフ描いたらいいよ」
「すごい、かなえさん、やっぱり頭いいね」
「頭がいいって言葉は褒め言葉にならないよ」
「ごめん」
「謝らなくていいよ。それにあたしは馬鹿だよ、大馬鹿者だよ」
「かなえさん・・」
「ほら、次の問題解いてごらん」
「うん」
結局、私は全問かなえさんに頼ってしまった。
夕食は楽しかった。進も珍しく多弁だった。私は幸せだった、親友が一日中家
にいてくれるなんて、こんなにうれしいことはない、だけど私は一人舞い上が
るだけで、かなえの気持ちをよく分かっていなかった。
部屋に2つ布団を敷いて私達は横になった。
何か面白いことでも話そうと、私がかなえに話しかけようとすると、かなえの
方が先に口を開いた。
「弱音はいていいか?」
「う、うん」
「あたしさ、今の母親の子じゃない、父親とは血が繋がっているけど・・弟が
いるけど、弟は今の母親の連れ子で、父親は弟の方が可愛いみたいだ。
父親は前の母親、私を産んでくれた母親が嫌いだったらしい。政略結婚とかい
うやつ。前の母親のことあたし大好きだった、でも交通事故で死んじゃった。
父親はすぐ本当に好きな人と再婚した。
父親は幸せになった。私はダメだった。あいつらと一緒にいたくなかった。
前の母親は私をかばって死んだ。
私が間違って赤信号の時渡ろうとして、私を守ろうとして。
私は馬鹿だよ、大馬鹿者だ。
誰とも一緒にいたくなかったから、髪の毛を染めた。
父親には怒られなかった、どうでもいいみたい。
今の母親はよく怒る、私のこと嫌いみたいだ、でもそれでいい。
一人でいたかったけど、やっぱり寂しかった、由美子に話しかけてよかったと
思う。加奈子にも感謝している」
「かなえさん」
「ありがと、弱音聞いてくれて。寝よう、おやすみ」
「・・・おやすみ」
私の方が馬鹿だよ、一人舞い上がって、かなえが来てくれたこと喜んで、うれ
しくて、大馬鹿だ。
第四章休息

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