第二章

私は不思議な夢を見た、朝起きた時にはなぜか涙で頬が濡れていた
夢には一匹の白い犬と男の人が出てきた、山の中、木々が呼吸する中、私は寝
そべっていた。男の人は泣いていた。「泣かないで」私はそう言っていた。一
枚の木の葉は風で揺れ、私の掌に舞い落ちた、「約束です」そう言って私は木
の葉を取り上げた。「この木の葉にかけて誓います、私は・・・」
続きが思い出せない。私は何を言おうとしたのだろうか、いや、今思い出せな
いだけで私は何か言ったのかもしれない。いったいなんて・・。
この気持ちは何、悲しい、そして愛しい。約束の辛さ、それはきっとお別れだ
ったんだ。
私はもう一度夢の続きが見たくて、深く布団の中に潜り込んだ。
「由美子」
この声は
「由美子」
この声は
「由美子―、朝よ」
・・・お母さんだ。
「はーい、今起きるー」
あうう、もう少しだったのに。

「・・・姉ちゃん」
「おい、姉ちゃん」
弟の進が話しかけていることに気づいた。
「へ、何?」
「いつから、日本人は納豆を味噌汁に入れるようになったんだ」
「あ、あうう」
進は一つ違い、すごく生意気だ。そして、私は夢のことが頭から離れず、納豆
を味噌汁に・・・
「いってきます」
進が出ていく。
「いってらっしゃい」
私はぼけーと言う。
「姉ちゃん、学校行かなくていいの?」
「へ、あ、ああー!もうこんな時間!お母さん、ごめん、ごはん残すね、ごめ
んなさい」
「いってらっしゃい」
「いってきます」
私は歯を磨く余裕もなく急いで靴を履く。進はため息をつきながら丘の上へと
向かう。
本当に生意気なガキだ、でも全てにおいて私より優秀だ。背ももう追い抜かれ
ている。
「由美子」
前を向くと加奈子ちゃんが立っていた。
「遅いから迎えに来たよ」
「ごめん、ごめん」
今日は日記書けなかったな。
「走るよ、由美子」
「ええー、加奈子ちゃんは陸上部だからいいけど、私は・・」
「四の五の言わないの、ほら」
私達は走り出した、桜はもうピンク色をしていない、薄い緑色をした葉を風に
揺らしている、まだ濃い緑色ではない、もうすぐ夏だ、夏がやってくる。暑い
中一の夏が。
そして私たちは6月だというのに5月病をまだ引きずっている。困った。
私はゼーゼーと肩で息をしている。
加奈子ちゃんはすごい、全然辛そうじゃない、さすが陸上部、しかも長距離だ
。
木々の緑に囲まれて私たちは走っていく、下りでよかった、小学生の頃を思い
出すと、天国と地獄だ。
一枚の葉がひらりと落ちてくる。私は急に立ち止まった。
どこからか声がする。
『・・必ずだよ』
「え?」
『必ず・・』
少し先を行った加奈子ちゃんが振り返る。
「もう限界なの?少しは体力つけた方がいいよ、由美・・子」
私は涙を流していた。どうして、どうして悲しいの。魂が揺さぶられる。木の
葉が落ちると同時に私は我に帰った。
「由美子、どうしたの?大丈夫?ねえ、何かあったの?」
涙は止まった、私はいったいどうしてしまったのだろう。
「・・分からない」
「由美子」
加奈子ちゃんに付き添われて私は保健室に向かった、私は大丈夫と言ったのに
、加奈子ちゃんはダメだと譲らなかった。保健室の先生はちょっと恐そうだっ
た。
「どうしたの?」
保険医が尋ねる。
「調子が悪いので休ませてください。」
加奈子ちゃんが答える。
「風邪?熱あるの?」
「違います」
「うーん、ベッドもう既に使われちゃっているんだよね」
「先生、患者さんなら出てくよー」
女生徒がカーテンから顔を出した。
かなえだった。
「由美子!加奈子!どうしたの?」
いつも授業に出ていないと思ったらこんなところにいたんだ。
「由美子がちょっと」
「それじゃ佐藤授業戻るか?」
「ああー、それはちょっと、由美子の看病をするよ」
「大丈夫だよ、かなえさん」
「あんま、大丈夫に見えないぞ」
「由美子、かなえに看病してもらいなよ」
「えっと名前は?」
保険医が口を挟む。
「木下由美子です」
「加奈子ちゃん」
「いいから。私いなくても大丈夫だよね、かなえ、任せたよ」
「了解、任せろ」
「それじゃ君は授業に戻りなさい」
「はい。由美子、あとで様子見に来るからね」
加奈子ちゃんはそう言うと出て行った。
私は仕方なくベッドで休んだ。隣にはかなえがいる。
「いったいどうしたの、由美子」
「えっと、ちょっと」
「・・思い出したの?」
かなえの髪が日光を浴びて赤く輝く。
私はかなえの雰囲気に圧倒された、かなえは今まで見せたことのない緊張感を
持っていた、少し怖かった。
「・・・何を?」
私が尋ねるとかなえは何も答えず、私の顔をじっと見ていた。
「かなえさん?」
かなえがようやく口を開いた。
「何か昔の嫌なことでも思い出したのかと思ったんだよ」
「ううん、違うよ」
「そう、今は少し眠りな」
「うん」
私は催眠術でもかかったかのように眠りの渦に入っていった。

夢の中に、またあの男の人と白い犬が出てきた。
今度は草原だ。今から会うところだろうか、私は手を振り、男の人も手を振っ
て近づいてきた、犬も一緒だ。
白い犬がしっぽを振り駆けてきた、私は嬉しくて抱きしめる。男の人は笑った
。
「待ち遠しかったよ」
男の人が話す。
「私も」
私が答える。私達は大人の姿だった、なのに違和感はない。私の胸はドキドキ
している。ああ、好きなんだ、私はこの人が好きだ。

起きた時、私は切なくて胸が苦しかった。逢いたい、あの人に逢いたい。
名前が知りたい、あの人の名前を。
ただの夢なのに、どうして私はこんなに苦しいのだろう。
かなえは私の上布団に倒れるように寝ていた。
「由美子」
加奈子ちゃんがカーテンから顔を覗かせた。
「大丈夫?」
「うん、もう平気、ありがと」
「うわ、かなえ寝ているし」
「うーん、おはよう」
かなえはもぞもぞと起きだした。
「あはは、おはよう」
私が返事をする。
「ちゃんと起きていろよなー、昼飯食べようか?」
加奈子ちゃんがお弁当を見せる。
「もうそんな時間?」
私は驚いた。
「ずっと寝ていたぞー、大きないびきかいて」
保険医が顔を出す。
「嘘!」
「嘘だよ、ははは、元気になったか?」
「はい、だいぶ」
「なら、教室に戻るか?佐藤も戻りな、今日は午後だけでも出てみろ」
「うぃーす、ほな行くか」
「うん」
あの男性のことが頭から離れず私は気持ちが宙に浮いたような心地で歩いてい
た。
教室に向かう途中、加奈子ちゃんが陸上部の先輩らしき男たちに声をかけられ
た。その人たちは、どうやら加奈子ちゃんを昼食に誘っているみたいだった、
加奈子ちゃんは丁重に断っていた。
男たちが去るとかなえが言った。
「加奈子、やっぱりもてるんだねー」
「そんなことないよ、第一好きじゃない人に声かけられても嬉しくないし」
「おおー、言うねー」
私は突然言った。
「ねえ、好きになるっていったいどういうこと?」
二人は目を丸くして由美子を見つめた。
「私、分からないんだ、好きになるって・・どうして好きになるのか、好きに
なっていったいどうするのか」
加奈子ちゃんが言った。
「由美子、人を好きになったことないの?」
「あの、その、小学生の時、気になる子とかはいたよ。でもそれは好きなんか
じゃないと思う」
「本気の好きな人できたってことか?」
かなえが言った。
「・・よく、分からない。でもたぶん、好きなんだと思う、でも・・」
「でも、なんだ?」
「なんて言ったらいいか分からない、私、どうしたらいいか分からない」
「告白したら?」
加奈子ちゃんは言った。
「それが・・・」
夢の中の人だなんて言えない、私は言葉につまった。うつむく、こんなに切な
いのに、会えないなんて、想いを告げられないなんて。苦しい。好きな気持ち
で心が破裂しそうだ。
「どっちがいい?」
「え?」
かなえは続けた。
「想いを伝えるのと伝えないの」
「でも・・・」
言えない、夢の中の人だなんて。
その時、心の中で声が聞こえた。
『約束だよ、必ず、必ず、また会おう。待っているから』
夢の中の男の人の声だった。私の頬にまた涙がこぼれた。
加奈子ちゃんは驚いた顔をしている。
かなえはまっすぐ私の顔を見ていた。
「どっちがいい?」
約束・・会おう・・・待っている。私は、私は。
「伝えたい。想いを伝えたいよ」
「なら迷うなよ」
かなえはすたすたと歩き出した。
「早く飯食おうぜ、腹減った」
「うん」
私は涙をぬぐって答える。約束なんだ。
ポンと加奈子ちゃんが私の肩に手を置いた。
「何でも言いなよ。ダチだからさ」
「うん、へへ」

私はその日、本当の恋を知った。

『おかえり、自分。
今日はいろいろあったね、いったいあの夢の人は誰なんだろ。
会いたいな、会いたい。
でも会えるのかな。
約束か。
私、間違っているのかな、夢の中の人と約束だなんて。
おかしいのかな。
でも、もう好きになっちゃった。
またね、自分』
第二章約束

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