私の好きなダチ

序章
私は一冊の交換日記を始めた、それは小さい頃に友達としていたのよりも特別
な日記。だって、それは自分宛ての日記だから。
『おはよう、自分、今日から中学生だね、楽しみとドキドキが混ざっているね
。へへ、加奈子ちゃんと同じクラスになれるかな』
「由美子」
階下から母親の呼ぶ声が聞こえる。
「はーい」
「加奈子ちゃん来たわよ」
『続きは、また帰ってからね、というわけで今日からよろしく、自分』
トタトタと音をたてて私は階下に下りて行った。なんだか新しい自分のようで
心がときめいた。

「このセーラー服ちょっと大きいんよ」
加奈子ちゃんはスカートの端を掴みひらひらさせながら言った。
「私も、私も、お母さんがすぐ大きくなるからって、丁度が良いよねー」
私が答える。
私達は丘を降りながら話し込んでいる、道の両脇にはきれいな桜がゆらゆらと
花を揺らしている。ウグイスの声がときおりした。小学校は丘の上に中学校は
丘の下にあった、中学になっても降りた後には登りが待っているのだが、遅刻
寸前の女の子には登りよりも下りのほうがいいと加奈子ちゃんが言って、私達
は笑った。
道には新入生しかいなかった。在校生は既に登校していた。
「スカート、いつまくる?」
加奈子ちゃんが私に尋ねた。
「気早いなー」
私は笑って答える、こちらを振り向いたときの加奈子ちゃんの姿は綺麗だ。髪
が自然になびく、白い肌が桜の花に見えて舞い落ちる桜の花びらになぜかはか
なさを思わせた。加奈子ちゃんは小学校ですごく男子に人気があった。中学校
でもおそらくそうなるだろう。スカートをまくるというのは腰の部分を折り重
ねてスカートの丈を短くすることだ、小学校では私服だったのでそんなことは
しなかったが、セーラー服を着たらしたいねと加奈子ちゃんと話していたこと
があった。
加奈子ちゃん覚えていてくれたんだ。
加奈子ちゃんの美しさはいつ頃からかまるで油絵で描かれる肖像画のような雰
囲気を持つようになっていた。小学高学年になってからそんな雰囲気を持ちだ
したので幼いころは何とも思わなかった。もちろん嫉妬してない、むしろ鼻が
高い、だって加奈子ちゃんは私の唯一の親友だから。私は友達を作るのが下手
だ、小さい頃からそのことに悩んでいた。だけどそんな私のそばに加奈子ちゃ
んは居てくれた。今思えばなんでなんだろうと思う。
「クラス一緒になれたらいいね」
加奈子ちゃんが楽しそうに桜を見つめながら話しかける。
「うん」
私は弱弱しく答える。
だめだめ、今朝の日記の元気はどうした。
「大丈夫だよ」
加奈子ちゃんがこっちを向いて話した。
「違うクラスになっても会いに行くよ」
「う、うん・・・ありがとう」
わたしの答えたありがとうは小さい、でも伝わったみたいだ。加奈子ちゃんは
笑顔だった。
もうすぐ学校だ、私たちの通っていた小学校を含めて3校の小学校から生徒が
集まる。だから、知らない人もたくさんというわけだ。今日は晴天、気持ちが
いい。

どうしよう。
教室には知らない人ばかりだった、知っている人も知らない人に見える。みん
な楽しそうに話している。私は貝のように黙ってじっとしていた。こんな時は
そこまで気にしなくていいのに視線のやり場にまで困る。
加奈子ちゃんと違うクラスになっちゃった、加奈子ちゃん会いに来ないかな。
会いに行っても他の人と話していたらどうしよう。
「ねえ、あんた名前は?」
加奈子ちゃんのことを考えながら教室の入口の方を見ていたので、前方からい
きなり声をかけられて驚いた。
声の方を向くとまた驚いた、茶髪だ。
「私、佐藤かなえ、変な名前でしょ。ははは、かなえでいいよ。あんたは?」
・・・あ、あんた?
「・・・木下由美子です」
「よろしく、由美子」
呼び捨てだ、すごい。
「・よろしくお願いします、佐藤さん」
「敬語使わないで、かなえでいいよ」
「・・かなえさん」
「ははは、かなえにも『さん』付けたいの?いいね、あんた、面白い、受ける」
かなえの第一印象は不良だった、本当にもうおっかなかったな、最初は。
「あの、前の席ですか?じゃなくて、前の席・・なの?」
もう精一杯の勇気を振り絞って尋ねた、できたら違ってほしい。
「どっちがいい?」
どっちがいい・・この言葉をかなえはよく使った。
「えっと、そうであって欲しいかな」
「ふふ、無理しなくていいよ。ビンゴ、そうだよ。」
「う、うん」
「あんた、気に入った、ダチってことでよろしくな」
いまどきダチって・・
どうしよう、どうして私なんかに、こんな私なんかに。そう考えると目の前が
少し暗くなった、また、いつものだ。
「入学式だりーよな、一緒にサボらない?」
「あの、ごめんなさい」
「はは、やっぱね、あたしきゃぴきゃぴしてるのダメでさー。集団でいるっつ
ーの苦手なんよ。あんた一人でいたから、あたしみたいだったから話しかけた
んよ、迷惑だった?」
「ぜ、全然」
なんか驚いた、いるんだ。加奈子ちゃん以外に一人でいるという理由で私なん
かに話しかける人なんて。
「サンキュー、由美子」
「うん」
由美子、この言葉がなぜか嬉しかった。だんだん私はかなえの魅力に惹かれて
いった。
入学式が始まるとアナウンスがあって、かなえは「じゃーね。」と言って去っ
て行った。
私は式の最中、かなえのことが気になっていた。式が終わり教室に戻るとかな
えは教室にいた。「どんなだった?」とかなえが尋ね、私が「あんまり」とこ
たえると「そっか」と笑った。私にはその笑顔が大人っぽく思えた。

私は家に帰るとすぐに日記を書き始めた。
『おかえり、自分。今日は大変だったね、加奈子ちゃんと同じクラスになれな
かったのは残念だったね。加奈子ちゃん、放課後まで会いに来なかったね。ま
あ、初日だから加奈子ちゃん忙しかったのだろうけど。
かなえさんにはびっくりしたな、いるんだね、あんな人。
友達できちゃったね。しかもあんな人、こんな言い方したらあれだけど、すご
い人だね。
担任の小林先生は若くて綺麗な人だったね。かなえさん、HRの時もぼーっとし
ていたな、何考えていたんだろ。私の他に友達いるのかな。』

今日は部活紹介の日だ。体育館でそれぞれ部活ごとに紹介する。それは演劇の
ようで楽しかった。でも私はすでに入る部活を決めてある。勉強も運動も嫌い
な私だが絵だけは好きなのである。加奈子ちゃんは陸上部に入る、長距離だと
言っていた、すごい。わたしにとってマラソンは地獄だ。楽しく部活紹介を見
ながら、いよいよ美術部の番がやってきた。
壇上には3人の男の人、2人の女の人が登った。その中でも一番かっこいい男
の人が話し始めた。
「私が美術部の部長佐々木です」
一言述べただけで隣の女の人にマイクを渡す。
「副部長の真下です。美術部は現在部員が5名しかいません、新入部員は大歓
迎です。ですがやる気のない人、形だけの幽霊部員、毎日出席しない人は入部
しないでください。以上です」
5人は壇から降りた。みんな呆気にとられるほど短かった。
ええー、そんな、なんか怖い、どうしよう。
解散になると加奈子ちゃんが話しかけてきた。
「由美子、どうするの、美術部、ちょっと・・・」
「うん、どうしよう、加奈子ちゃん」
「陸上部来る?」
「無理無理、私には無理だよう」1
「他の部活にした方がいいよ」

教室に戻ると、部活紹介にいなかったかなえがいた。
「よ、どうだった?」
「あんまりだった」
「はは。そっか」
「かなえさんはどこに入るつもりなの?」
この学校は必ずどこかのクラブに所属しなければならない。
「美術部」
「ええ、でも先輩厳しいみたいだよ」
「別にそいつに自分の絵描いてもらうわけじゃないだろ、絵は自分で描くもの
だろ」
「そうだね」
「そうだよ」
すごいな、かなえは。それに比べて私は・・ダメだ。
「私ね、美術部に入ろうと思っているの、けど・・」
「それなら、早く言いなよ。絵好きなの?私は大好きだよ」
人に何かを好きだと素直に伝えるのはすごいなと思う。
「私も」
「よっしゃ、放課後一緒に行こっか?」
「でも、部活見学は明日からだよ」
「そんなの気にするなよ、見学じゃないし、入部だし。由美子は絵描きたい、
描きたくない、どっち?」
「・・・描きたい」
「なら迷うなよ」
「う、うん」
すごい、かなえはすごい。私の持っているエネルギーの倍の速度で活動してい
る。
かなえは迷わない。
誰かが窓を開けて桜の香りが鼻についた。窓の方を向いたかなえの横顔はなん
だか男の子みたいだったのでドキッとした。

「由美子―」
放課後加奈子ちゃんが教室にやって来た。
「加奈子ちゃん」
「帰ろう」
「ごめん、今日美術部に行くの」
「美術部?見学は明日からだよ」
「だれ、ダチ?」
かなえが口を挟んだ。
「ダチ?」
加奈子ちゃんはきょとんとした。
「えっと、友達のかなえさん」
「ちゃうちゃう、ダチだよ、ダチ」
加奈子ちゃんは不思議そうな顔をした。
「あたしはかなえ、よろしく。あんたは、えっと加奈子だっけ。よろしく、由
美子のダチ?」
またあんたって言った。しかも加奈子ちゃんに。こんなに綺麗なのに。
「うん、ダチだよ」
加奈子ちゃんは意外な反応を示した。
「ということは、ダチのダチだからダチだな」
何?ダチのダチのダチ?
「そうだね、よろしく」
加奈子ちゃんは何も動じていない、すごい。
「えっと、これからかなえさんと美術部に行くの」
「そう、じゃね」
加奈子ちゃんは今までにない反応を見せて去って行った、怒っちゃったのかな
。
「追いかけなよ」
かなえちゃんが呆気にとられている私に言った。
「でも・・」
私には怒らせた人を追いかける度胸なんてなかった。
「ダチなんだろ、ダチを大切にするのと、しないの、どっちがいい?後悔する
のと、しないの、どっちがいい?」
「・・・うん、ありがと」
私は走り出した、私は変わる、かなえのおかげで今変わろうとしている。胸が
ドキドキしているのは走っているからじゃない、これからの自分にどきどきし
ているんだ、激しい呼吸が気持ちいい、ありがとう、かなえ、ありがとう、加
奈子ちゃん。
加奈子ちゃんはげた箱を出てすぐの職員室の前の桜の木の下に居た。
私が声をかけようと近づくといきなり加奈子ちゃんは振り向いた。加奈子ちゃ
んの顔は赤かった。
「由美子!」
「加奈子ちゃん、ゼーゼー、あの、ゼーゼー、あのね・・・」
私の呼吸はあらすぎて、言いたい言葉が言えない。言葉の半分がゼーゼーだ。
無理しちゃったみたいだ。
「ちょっと落ち着きなよ、大丈夫?」
「あのね・・・ごめんね、私・・・」
「そんな、私が悪いんだよ、わたし、かなえさんに嫉妬しちゃったんだ。」
嫉妬?私のことで?そんなこと起こらないと思っていた。
「ごめんね、由美子とられたみたいな気がして」
加奈子ちゃんが謝る。
「いいよ、あの、ありがと」
「ありがと?」
「私のことで嫉妬してくれる人なんて居なかったから、うれしくて・・あはは
、おかしいね」
加奈子ちゃんが少し笑った。
「なんか、加奈子ちゃん、桜の木の精みたい」
「何それ、人間ぽくないってこと?」
「違うよー」
「あはは」
綺麗だ。
「それじゃ美術部行こうか」
「え、加奈子ちゃんも来るの?」
「だって、ダチでしょ」
「うん!」

「こんちわーす」
堂々とかなえは入って行った。
「?」
中にいた部長の佐々木さんと副部長の真下さんは何か分からない顔をした。他
の部員は居なかった。
「入部希望者3名です」
かなえも敬語使えるんだ、私は妙なところに感心した。
「私違うよ」
加奈子ちゃんが言った。
「あれ、ちゃうの?付いて来たからてっきり美術部に入りたいんだと思った、
うん?なんで来たの?」
「ダチだからだよ」
「なるほど」
「見学は明日からよ」
真下さんが何を言っているんだろう、この子たちはという顔で言った。
「見学じゃなくて入部っすよ」
真下さんが何を言っているのかよく分からないという顔をした。
「こんにちは、えっと入部希望2名と見学1名でいいのかな」
佐々木さんが笑顔で話しかけてきた。
「そうっす」
「ちょっと佐々木君」
「いいじゃないですか、真下さん、別に怒られるわけじゃないですし」
真下さんは不服そうな顔をした。
「佐藤かなえっす」
敬語じゃなくてヤンキー敬語だ。
「木下由美子です、よろしくおねがいします」
「森野加奈子です、見学です」
「よろしく、部長の佐々木和人です」
「副部長の真下恵理です」
真下さんはしぶしぶ挨拶した。
「あたし油絵描く」
かなえは手をあげて言った。
「ちょっと、新入生はまずデッサンから」
真下さんが文句を言おうとしたのを佐々木さんが制止した。
「普段から描かれるのですか?」
「はい、道具持って来たっすよ」
かなえは持っていた鞄を見せた。
何が入っているのかと思ったら油絵の道具だったんだ。
「自由に描いていいですよ」
「ちょっと佐々木君!」
「もう今までのようなことは止めましょう、僕らのような目には遭わせたくな
いです」
真下さんの顔はこわばり、俯いた。
僕らのような目?
「木下さんは?油絵ですか?」
「え、でも私油絵描いたことないです」
「誰でも最初は初めてですよ、水彩が良かったですか?」
「えと、あの油絵・・がいいです」
「わかりました、真下さん教えてもらえますか?」
真下さんは少し頷いた。
あ、すごく優しいんだ、佐々木さん。居場所を失くした真下さんに居場所を作
ってあげた。
「森野さんはどうしますか?」
「私は見ています」
「何か描きたくなったら言ってください」
「はい」
外は鮮やかな緑でいっぱいだった。何が描きたいのかな、私。何を描いていい
んだろうか。私は少し自由を掴み始めていた。

『おかえり、自分。今日はいろいろあったね、ちょっと強くなれたかな。少し
他人について詳しくなれたかな。加奈子ちゃんが私のことで嫉妬するなんて夢
にも思えなかったね、そんな人居てくれたんだ。なんだかうれしい。あの時か
なえさんの言葉がなかったら私どうなっていたんだろう、加奈子ちゃんどうな
っていたんだろう。かなえさんは強いなー。
佐々木さんはかっこよくてすごく優しい。そして真下さんも本当は優しくて丁
寧に教えてくれた、真下さんは教師が向いているんじゃないのかな。
かなえさんの絵はびっくりした、何もないところから次々と色が生まれていっ
て、あんなに上手に描けるなんて、すごい集中力だったな、全身で呼吸して描
いているみたいだった。わたしもあんな風になりたいな。
またね、自分』
序章桜が咲いたとき

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