「はい」
僕はそう言った。
「じゃあ、服汚れないようにエプロンをして」
僕はエプロンを着けた。そしてカンバスの前に座る。
「何を描いたらいいんですか?」
「自分の書きたいものよ」
「自分の・・僕そういうの苦手です。何かを自分で決めるのは」
「じゃあ、練習ね」
「里香さん」
「何?」
「人を好きになるというのは大変なことですよね」
「そうね、でも素敵なことね」
「僕は今日、その気持ちを踏みにじってしまいました」
「・・」
「僕は最低です」
「・・・いつも人と人は仲良しになれるというわけではないわ、けんかもしな
くちゃいけないわ」
「しないといけないんですか?」
「そうよ」
「僕はそういうの苦手です」
「みんな、けんかは苦手よ、まあ、たまに好きな人もいるみたいだけどね。一
也君は好きな人いるの?」
「はい、でも、かなわない恋です」
「そう」
「はい」
僕はその後、黙って絵を描き始めた、なんだか里香さんに話してすっきりした
。
僕が歌子さんを好きな気持ちは決してかなわない、でもそれでいいんだ。
朝目を覚まして僕はノートを見た、僕の文章で終わっている、交代はしていな
いようだ。
僕は朝食を済ませるといつもの待ち合わせ場所に向かった。
「おはよう、一也だよ」
僕は二人にそう言った。
今日はどうやら秀平の負けのようだ、秀平が華子の鞄を持つ。
学校に着き、教室に入ると、それは黒板に書いてあった。
『多重人格者反対』
「何これ・・・」
僕達三人は固まった。
「誰だ、こんなことしたやつ!」
秀平は叫んだ。
教室のみんながくすくすと笑っている。
チャイムが鳴って先生が入ってきた。
「何だ、これは?」
先生が黒板に目をとめる。
「誰だ、こんな遊びしているやつは?」
誰も何も言わない。
赤田さんか?
しかし、赤田さんの姿はなかった。
僕は教室を飛び出す。
後で先生の怒鳴る声が聞こえる。
僕はそれを無視した。学校を飛び出し途中で息が切れて立ち止まった。終わり
だ、もう全部終わりだ。僕の居場所はなくなってしまった。秀平達が守ってく
れた僕の居場所はもう無くなってしまった。絶望感に打ちひしがれた。
「・・・斎藤君?」
一軒の家の窓から、赤田さんが顔を出した。
「赤田さん・・」
赤田さんの目は赤かった。
「斎藤君、学校は?」
「赤田さんこそ・・・」
「私は休み・・・ちょっと待って、家上がる?」
あの黒板の文字は赤田さんが書いたんじゃなかったのか。
赤田さんは窓から姿を消すと、玄関から顔を出した。
「こっち」
赤田さんはそう言って僕を呼んだ、僕は言われるとおり家に上がった。
「散らかっているけど・・・」
僕は赤田さんの部屋に通された。女の子の部屋に入るのは華子以外初めてだ。
お人形がたくさん並んでいた。
「昨日はごめんね」
赤田さんは言った。
「勝手に逃げだしたりして、でももう大丈夫」
赤田さんは言った。
「でもさ、多重人格者なんて嘘つかなくてもいいよ」
「ねえ・・・そのこと誰かに言った?」
「うん、友達に少し」
「やっぱり、今朝、学校に行ったら、黒板に多重人格者反対って書いてあった
よ」
「そんな・・・でも、嘘なんでしょ」
「嘘なんかじゃない!なんで、なんで信じてくれないの?」
「まだ、嘘つくの?」
「だから、嘘じゃないんだ」
赤田さんは泣きそうになっていた、いったいどうしたらいいんだ。
「僕は赤田さんを信頼して話したんだよ、君が好きだと言ってくれたから」
「・・・」
「あ・・」
僕は目まいがした、こんな時に。
気付くと、私は赤田さんの前にいた。
いったいここはどこなんだろう、私はどうしてこんなところにいるんだろう。
秀平や華子はいないのかな。
「あの、赤田さん」
私はおそるおそる声をかける。
「本当なの?」
「?」
「多重人格て本当なの?」
「なんで、知ってるの?」
「もしかして別人格?」
その時、外から秀平の声がした。
「ごめん」
そう言って私は外に向かう。
いったい何がどぅなっているんだろう。
家を出ると、ちょうど秀平と華子がいた。
「秀平、華子」
「一也」
「違う、今は歌子。それより何がどうなっているの?なんで赤田さんが多重人
格のこと知っているの?」
「赤田もか、赤田だけじゃないんだ、クラスのみんなが知ってる、朝学校行っ
たら、黒板に・・・」
私はことのなりゆきを聞いた。
「そんな、ばれちゃったの?」
「うん」
「どうしよう」
「本当に多重人格なの?」
赤田さんが出てきた。
「なあ、赤田、なんでそのこと知っているんだ?」
秀平が訊いた。
「私、斎藤君から聞いて、からかわれているのだと思って、友達に相談して」
「お前かよ」
「赤田さんのせいで大変なことになっているのよ」
華子が言った。
「でも、嘘だと思ったから」
私は溜め息をついた。
「どうしよう」
困った、私も困るけど、一也はもっと困る、でも・・・
「・・仕方ないか」
私は言った。
「歌子」
「いつかは、ばれるものだったし、仕方ないよ」
「・・・」
みんな黙った。
「さーて、これから、どうしようね」
私は空元気を出した。あまりみんなに嫌な顔をさせたくなかったから。
「学校、戻るのめんどうだね」
みんな、何も言わない。
「ねえ、そんな暗い顔しないで、仕方ないよ」
一也はこんな時、なんと言うだろう。
「・・ごめんなさい」
赤田さんは言った。
「私、こんなつもりじゃ・・」
「赤田、お前、しゃべるな」
秀平が言った、明らかに怒っている。
「秀平、そんなこと言うなよ、仕方なかったんだから。赤田さん気にしない、
気にしない」
いいのだろうか、これで。一也は納得するのだろうか。
「歌子、無理しなくていいよ」
華子が言った。
「でもさ、本当に仕方ないじゃん」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・」
赤田さんが泣き始めた。
「私、こんなつもりじゃ、斎藤君のこと本当に好きだったから、だから、馬鹿
にされたと思って、辛くて・・ごめんなさい」
「大丈夫だよ、赤田さん」
そう言って私は赤田さんの頭を撫で抱き寄せた。
「一也を好きになってくれてありがとう、一也のこと大切にしてあげてね」
「・・うん」
「私は歌子、はじめまして、これからよろしくね」
「うん、はじめまして」
赤田さんは泣きながら頷いた。
「赤田さん、下の名前は?」
「澄子」
「よろしくね、澄子、で、それで、私達を今日は家に隠してくれないかな」
「うん」
「秀平、華子、行こう」
秀平はまだ怒っていたが仕方なく従ってくれた。
私達は澄子の家に入った。そんなに大きくない家だ、思ったよりも古い。
澄子の部屋に通される。
「お母さんは?」
「家、母子家庭で、母親働いているから」
「そう」
「座って待ってて、今コーヒーいれてくるから」
澄子が出て行った。
「どうすんだよ、これから」
秀平が不満気に言った。
「なるようになるんじゃない」
華子は言った。
「華子」
「今まではさ、隠しててちょっと無理してたんだよ、ばれないのがおかしいぐ
らい」
「お前」
「そろそろ、がたが来たのかも。秀平はさ、見ているとなんか、秘密の共有を
崩されて怒っているみたい、まるでおもちゃを取られた子どもみたいだよ」
「そんなんじゃねーよ」
「まあ、聞いてよ。そろそろさ、みんなに言わなくちゃいけなかったんじゃな
い、一也と歌子のためにも、実際いつまでも子どもでいられるわけじゃないし
、いつかは大人になるんだから、その時、一也と歌子がどうするのかも考えな
きゃ。そうでしょ、秀平」
「う・・」
秀平は黙った。
「どう思う、歌子?」
「私はまー、早く私が消えればいいかななんて思って」
「でも消えないのは歌子が一也に必要てことなんじゃない?」
「そー・・なのかな、なんか私、実際考えるとあまり役に立ってない気がする
けど・・」
「そんなことないと思うぞ」
秀平が言った。
「歌子が出てきてから、一也笑えるようになったんだぞ」
「そうなの?」
「そうだよ」
なら、まだ私のこと必要なのかな。でもいつかは消えるのは私。
「とりあえず、物事を悪い方にばかりとらえないで、少しは良い方にも考えよ
う」
華子が言った。
「どうやって」
秀平が言う。
「周りの人に少しでも、歌子と一也のこと理解してもらうのよ」
「私が手伝います」
そう言って澄子が入ってきた。
「すみません、途中から聞いていました。私が手伝います」
「どうやって」
秀平が訊く。
「私が・・まず友達に話します」
「そうだね、そういう地道なことから始めるのが一番かも」
華子が言った。
「はい、がんばります」
「なんか、ありがとう」
私が言った。
「ところでさ、澄子、一也さ・・・告白されたときになんて言ったの?」
「その・・」
「その?」
「一也さんは、歌子さんが好きだと」
「おー、それは初耳だ」
秀平が言う。
「やるねー、歌子」
華子が茶化す。
「ば、ばか」
私は言葉に困った、私は顔まで赤くなった。ど、どうしよう、どうやってこの
場を切り抜けよう。
私は実は嬉しかった。だって、私も一也が好きだったから。最愛の人は実は一
也だったから。
「ト、トイレ」
私はその場を逃げ出した。
こういうのは弱いな。
でも、私達二人は決して会えない存在。
まるでどこかの王子さまと庶民みたいだな。
私はトイレの鏡を見つめた。
「でも」
突然横から声をかけられ、びっくりする。飛び上がりそうになった、澄子だ。
「な、なに?」
「私、あきらめません、私、一也さんのことあきらめません」
「・・うん、一也のこと大切にしてあげてね」
澄子なら一也の手をつなげるから。
「トイレ、入らないんですか?」
「ああ、ただの逃げ出す口実よ、ところで、なんで一也のこと好きなの」
「・・・好きになるのに理由は必要ないですよ」
「そうね、澄子の言う通りね」
私も一也のことを好きなのには理由はない。
ただ、好き、その思いだけが存在する。
夕方になって家に帰ると、里香さんは絵を描いていた。
「ただいま」
「どこ行っていたの?学校から連絡あったわよ」
「えと、その」
私は返答に困った。
「もしかして、歌子ちゃん?」
「はい、そうです。そのいろいろあって」
「まあ、学生にはいろいろがつきものね」
「あの、クラスのみんなに、ばれちゃいました」
「何が?」
「多重人格のこと・・・」
「うそ!」
「本当です」
はーと里香さんは息をついた。
「それで?どうするの?」
「みんなに理解してもらえるよう頑張ることにしました」
「そう、じゃあ、一緒にがんばりましょう」
「はい、ありがとうございます・・あの、この絵何ですか?」
気になる絵が一つあった。
「ああ、それは一也君が描いているのよ」
「やっぱり」
「分かるの?」
「なんとなく、双子みたいなものですから」
「そう」
完成が楽しみだな。
私は自室へと向かい、ノートを書いた。今日はたくさん書くことがあるな。
「明日は大変だ、覚悟決めなきゃな。・・明日、私じゃなくて、一也だったら
どうしよう」
一也か・・・
私はまた顔が赤くなった。
これはやっぱり恋なのかな。でも私がさつだし・・どうしよう、ねえ、どうし
たら、いいの、一也。
胸が苦しい。心臓がドキドキする。
好きだよ、一也、会いたいよ。
でも、私達はこのノートの上でしか会えない。
みんな、上手くやってくれているかな。みんなのことが気になる。
はー、とりあえず、飯食って、風呂入って寝よう。
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