でも、私達はこのノートの上でしか会えない。
みんな、上手くやってくれているかな。みんなのことが気になる。
はー、とりあえず、飯食って、風呂入って寝よう。
朝起きると僕だった、昨日は確か日中に交代したよな・・・そうだ、赤田さん
の家で・・あの後、僕どうなったんだろ。僕は急いでノートを開いた。
こ、こんなことが。いったいどうしたらいいんだ僕は・・
いつもの待ち合わせ場所に行くと、秀平と華子以外に赤田さんがいた。
「おはよう」
「一也か?」
秀平が訊く。
「うん、えっと、赤田さん」
「澄子て呼んで、歌子さんもそうしてる」
「うん、澄子さん」
「さん無しでいいよ」
「うん、じゃあ澄子・・」
「何照れてんのよ、馬鹿」
華子につっこまれた。
「みんな、電話したの?」
「ああ、それじゃ行くか」
「一也、大丈夫?」
華子が訊く。
「なんとか、もう腹はくくった」
「おお、変わったな」
秀平が驚く。
変わったとしたら、それはきっと歌子さんのおかげだろう。
学校に向けて僕たちは歩いて行った。
まだ着かない、まだ着かない、そんなことを考えているうちにあっさりと学校
に着いてしまった。
そして、教室に向かう。なんだか気分が悪くなってきた。
秀平と華子と澄子が昨夜クラスのみんなに電話してくれた。だから、みんな大
体の事情は知っていた。
教室に入る。みんな一斉に僕を見た。
きつい。
「大丈夫か?」
秀平が訊く。
僕は頷いた。クラスのみんなはもう全員来ているようだ。
「みんな、もうだいたい知っていると思うが一也から大切な話がある」
「さあ行くぞ」
僕は秀平に引っ張られて教壇に向かった。
こんな緊張するのは初めてだ。
「み、みんな。あの、その・・・・」
みんなが少し騒ぎ出す。
困った、どうしよう。
「静かにしてくれ」
秀平が言う。
「大丈夫だ、俺達がいるから」
「う、うん」
もう覚悟は決めた。
「実は僕は多重人格障害者です・・僕の中には歌子さんという女の子の人格が
あります。ときどき僕たちは交代して表に出ます。今まで何度も交代を経験し
てきました・・歌子さんはとてもいい人です・・どうか仲良くしてください・
僕たちのことを理解してください」
僕は言い終えると頭を下げた。
「はいはーい」
工藤が手を上げた。
「質問でーす、そうなったのは、虐待が原因ですかー?」
「お前!」
秀平が身を乗り出す、僕はそれを止めた。
「・・たぶん、そうです」
「バッカみたい」
工藤はそう言って教室を出ていった。工藤の仲間も何人か後に続いた。
生徒がざわめき始めた。
どうしよう、もうこれ以上は・・できない、どうにもできない。
「みんな!」
華子が言った。
「お願い、分かってあげて」
「いいよ、分かったよ」
突然、クラスの男子の一人が手を挙げた。
「俺もー」
「私もー」
次々に手は挙がっていく。
気付くと教室にいる全員が手を挙げてくれた。
「ありがとうございます」
僕は頭を下げた。
ポンと秀平が肩に手を置いた。
「よかったな」
「うん」
本当に良かった。みんな、ありがとう。
でも事態はそんな簡単に進まなかった。
次の朝起きると、私歌子だった。
真っ先にノートを開いた、交代していたんだ、一也、頑張ってくれたんだな。
私は着替えてキッチンに向かう。
「おはようございます」
「歌子ちゃんね、おはよう」
「一也、昨日頑張ったみたいですよ」
「どうしたの?」
「みんなの前で多重人格のこと発表したみたいです」
「本当か?」
辰夫さんが言う。
「はい」
「そう、これからが正念場ね」
里香さんが言った。
「え?」
「何でもないわ、さあ、ご飯を食べましょう」
学校に着くとみんなが寄ってきた、特に女の子達が。
「ねー、今日は歌子ちゃんなの?」
「そうだよ」
「私のこと知ってる?」
「うん、前に何度も会ってるから」
「ねー、男の子の体てどんな気分?」
「いや、別に、そんなに抵抗ないよ」
こんな感じでどんどん質問をされた。
みんな受け入れてくれているみたいだ。頑張ったね、一也。
突然、先生が教室に顔を出した。
「斎藤、ちょっと、職員室に来い」
何だろう、なんか嫌な感じがする。
秀平達が不安げな顔をする中、私は先生の後に付いて行った。
職員室に入ると他の先生たちが私のことをじろじろと見てきた。私はまるで見
せ物みたいだ。いやだな。
先生は自分の椅子に座る、私はその前に立った。
「お前、多重人格というのは本当か?」
もう先生の耳に入っていたのか。
「・・・はい」
「何故、もっと、早く言わなかった?」
「・・」
「そんなに俺は信用ないか?」
「・・」
こういうことを言うから信用できないんだよ。
「昨日、PTAの臨時会議が開かれた・・斎藤、しばらく学校に来るな」
「な・・・なんで」
「危険な人格が出て、他の生徒に危害を加えたらどうする」
「そんなことないです」
「本当にないのか?」
「う・・・」
私は言葉に詰まった。
確かに私達は新しい人格に現れることをずっと前から危惧していた。それが危
険な人格である可能性もある。でもだからと・・
「もう、学校に来てはいけないのですか?」
「しばらくはな、街の方にそういう生徒がいく学校もある、そのことも考えて
おけ」
「・・分かりました」
私は悔しかった、こんな悔しいのは初めてだ。私のせいで一也が学校に来れな
いことになるなんて・・
私はまわれ右をして職員室を出て行った。
廊下には秀平と華子と澄子がいた。
「何だったんだ?」
私は首を振った。
「しばらく学校に来るな、だって」
「そんな、あいつ」
秀平が職員室に入ろうとした。
「やめて、そんなことしたら、一也の立場がもっと悪くなる」
「でも」
「仕方のないことなんだ、私がここにいること自体間違いだったんだ」
「そんなことないよ」
澄子が言った。
「そうだよ、簡単に諦めないで」
華子が言う。
「・・今、最善の道はしばらく学校に来ないことだよ」
「歌子、お前、一也が歌子が学校に来れるようにどれだけ頑張ったと思ってい
るんだよ」
「だって、仕方ないだろ、他にどうしろっていうんだよ!」
私は自分でも驚くぐらい、大きな声を出した。
「ごめん、今日は帰るよ」
そう言って私は教室から荷物を持ってきて学校を出た。私は悔しくて涙が出た
、一也、ごめん、私のせいでこんなことになっちゃったよ、ごめん。
家に着いた時には顔はもうボロボロだった。
里香さんが出迎えてくれた。
「今学校から電話があったわよ」
私はこくりと頷く。
「今から学校に抗議に行くところだけど、一緒に行く」
「そんなことしないでください、そんなことしたら、もっと事態が悪化します
」
「歌子ちゃん」
そう言って、里香さんは私を抱きしめてくれた。
「ごめんなさい、私、こんな無力で、守ってあげられなくて、ごめんね」
「里香さん、一つ、お願いがあります」
「何?」
「私を、私を病院に連れて行ってください」
「歌子ちゃん」
私は里香さんの胸の中でささやいた。
「私を消してください、一也を救ってください」
今までありがとう、一也。好きだよ、一也。
病院は街の向こうにあった、なかなか多重人格を扱う病院が見つからなかった
。電車で二時間かけて行った。予約制だったので次の週に行くことになった。
なんかカウンセリングで治すみたいだった。こんなので治るのかな。人格を消
すのではなく、人格を統合するようだ。私はいったいどうなってしまうんだろ
う。
一也は猛反対した。里香さんに絶対に連れて行かないでと頼んだらしい。だか
ら私は内緒で病院に通った。
なかなか、治療は上手くいかなかった、私はいつまで経っても消えてくれなか
った。
あれ、ここはどこ、気付くと僕は変な道の上にいた、どこまでも続く道だ、遠
くで逃げ水が見える。ああ、分かった、僕は夢を見ているんだ。
「一也」
そう叫ぶ声で僕は振り向いた。
そこには僕がいた。
もしかして・・・
「歌子?」
僕は尋ねた。
歌子は頷いた。
「やっと、会えたね」
歌子は言った。
僕は急いで近寄ろうとした。でもいくら走っても歌子は近づかなかった、それ
どころか、歌子はどんどん遠くなっていった。
「歌子!」
僕は叫んだ。
僕は自分の叫び声で目を覚ました。
肩で息をしている、時計を見ると午前三時だ、嫌な夢だったな。
水を飲もうとキッチンに向かった。
階下に下りていくと絵が目にとまった、続きを描こうかと思い、絵の前に座っ
た。僕は筆を取り、続きを描きだした。
季節は六月、今日も雨が降っていた。
あの夢は何だったんだろう。
「眠れないのかい」
突如声をかけられびっくりした。辰夫さんだ。
「はい、辰夫さんは、こんな時間にどうしたんですか?」
「私も今夜は何故か寝付けなくてね」
「そうですか」
「病院には行きたくないのかい?」
「・・はい、歌子さんには消えてほしくないです」
「好きなのかい?」
「はい」
「一也君の気持ちは分かるよ、私も里香さんが好きだから決して消えてほしく
はない」
「・・・」
「人を好きになるというのは大切なことだね」
「・・はい」
「たとえ、それがどんな人であったとしてもだ」
「そうでしょうか、僕の両親は愛し合っているのでしょか、僕はその結果生ま
れてきたのでしょうか」
「・・・そうだね、無責任なことを言ってすまない」
「あの・・僕を引き取ったのは同情からですか?」
雨のさーさーとした音が部屋にこだまする。
「・・正直にいうと、そうなのかもしれない。おこがましいかもしれないが、
私達は君を救いたかったんだ」
「はい、感謝しています」
「今夜はもう寝ないのかい?」
「はい、絵を描こうかと思っています」
「コーヒーをいれよう、飲むかい?」
「ありがとうございます、いただきます」
僕たちは雨音の中、二人でコーヒーを飲んだ。
平日だが、僕は学校に行けず、昼ごろになっても僕は絵を描き続けていた。
ドアのチャイムが鳴る。
誰だろう、僕は出た。
そして、来訪者は実父だった。
「久しぶりだな、学校に行っていないのは本当らしいな」
僕は怯えた、足が震える。
「なんだ、挨拶の仕方も忘れたのか?やっと探して見つかったんだ、嬉しそう
な顔でもしたらどうだ?」
誰か・・誰か助けて。
「多重人格者とかいうものになったらしい、興信所を使って調べたよ」
誰か・・・
「なあ、また、一緒に暮らさないか?」
助けて・・
「大丈夫だよ、もう殴ったりしないから、安心しろ、な?」
「うあーーーーーーーーー」
僕は突然訳も分からず叫んだ。
奥から里香さんが出てきて顔色が変わる。
「帰ってください!」
そう叫んで、私と男の前に立った。
誰、この人?
「警察を呼びますよ、もう会ってはいけないことになっているんですよ」
もしかして・・・
「まだ、何もしてないだろ、まだな」
「帰ってください」
「おいおい、親が子どもに会って何が悪いんだ?」
親・・
「お前かー!」
私は叫んで男にとびかかった。
拳を顔面にぶつける。
「お前のせいで、一也は!」
私は殴り続けた、マウントポジションをとって上から乗りかかる。突然私の拳
を男は掴んだ、力技で男はねじ伏せようとする。だが私も力技で対抗しようと
した。
「お前、どういうつもりだ!一也!」
男が叫ぶ。
「あいにく、一也じゃないんだよ、私は歌子だ!」
「貴様!」
私は掴まれた手を振りほどき、男の首を絞めた。
「やめて、歌子ちゃん」
里香さんが止めに入る。
ようやく私は男から離れた。
男はよろめきながら立ち上がった。
「殺してやる」
「やってみろ、その前にお前を殺してやる。二度と一也に近づくな!」
男は唾を吐き去っていった。
私は本当にあの男を殺そうとした、殺してもいいと思っていた。
「歌子ちゃん」
そう言って、里香さんは私の頬をパーンとはたいた。
「人を殺そうなんてしてもいいと思っているの?あなた、もう少しで本当に殺
すところだったのよ」
雨が私たち二人をうちつけた。
「里香さんには・・・一也の気持ち分からないです」
「・・・」
「一也はすごく苦しい思いをしてきたんです、そんな私たちの気持ちなんか分
からないです」
私はそう言って、その場を走り去った。
走って走って、いつものみんなと待ち合わせをする場所まで来た。
秀平がいた。
「おう、どうした、一也、傘もささずに」
気の抜けるような調子で声をかけられた。
「今は歌子」
「そうか、歌子。どうした?」
そう言って、秀平は傘に私を入れる。
「里香さんと喧嘩した」
「里香さんと?珍しいな」
次ページ
小説総合ページ
トップページ