私は秀平の家に来ていた。
タオルで頭を拭きながら、私は言った。
「ねえ、今日さ、泊めてよ」
「いいけどさ、里香さんには?」
「・・・」
「まあ、いいや、俺が言っておくよ」
「ありがと」
「気にするな、んじゃ、電話してくる」
そう言って、秀平は部屋を出ていった。
秀平の部屋にはこれでもかというぐらい本がある、いったいどこから集めてく
るのだろう。エロ本はないのかな?
まあ詮索はしないでおこう。
一也、大丈夫かな、突然私に交代したけど・・
「里香さん、心配してたぞ」
秀平が戻ってきて言った。
「大丈夫だとは言っておいたけど・・・親、現れたんだって?」
「うん、ぼこぼこにしてやった」
「あぶねーことするなあ」
「正直、一也が心配」
「今日は帰らない方がいいな」
「・・うん」
「ほら、ドライヤー」
「ありがと」
私は髪を乾かす。
「ねえ、秀平」
「なんで、こんなに本があるの?」
「街に行った時買ってくるんだよ」
「お金よくあるね」
「全部古本だよ」
「へー、本読むの好きなんだね」
「まーな」
「全部読んだの?」
「まだ、半分くらいだよ」
「一也も結構本読むの好きだよ」
「知ってるよ、俺の家来た時、よく本読んだり、貸したりしているから」
「ああ、あの部屋にある本は秀平のだったのか・・・秀平はさ、私が消えるの
、どう思う?」
「お前、消えるのか?」
「今、病院行ってる」
「それで、消えるのか?」
「たぶん、ねえ、どう思う?」
「消えて欲しくないな?」
「え?」
「俺は歌子が消えてほしくない」
「なんで?」
「友達だろ」
「・・・うん」
「歌子はどう思っているんだ?自分が消えることについて」
「私は・・」
私はドライヤーを切った。
「私は怖いよ、消えるの怖い。でも仕方ないよ。私が消えなきゃ一也、困るも
ん」
「なあ、本当に仕方ないのか?」
「え?」
「今まで二人で上手くやってきたじゃないか、将来のことでも、仕事だって、
何かできること見つかるんじゃないのか?見つからなかったら、しなかったら
いいんじゃないか?」
「・・・・」
「一也は言っていたんだろ、お前のこと好きだって、なら、二人で一緒にいろ
よ」
「・・そんなこと言ったって、そんなの勝手な理想論じゃない?それに私たち
、手も握れない、声も聞けない、顔も見ることできないんだよ」
「・・・ちょっと、待ってろ」

「う?朝」
ここって秀平の部屋だ。なんで僕こんなところにいるんだろ。
「起きたか?」
秀平が部屋の入口に立っていた。
「朝飯、食おうぜ、腹減った」
「ねえ、秀平、どうして僕こんなところに?」
「なんだ、一也か。昨日、歌子が里香さんと喧嘩して逃げてきたんだよ」
「喧嘩」
そういえば・・・
「親!僕の親が現れたんだよ!」
「ああ、それを歌子がコテンパンにしたらしい」
「・・そう」
とにかく無事でよかった。
「飯食う前にいいもの見せてやるよ」
そう言って、秀平はDVDをデッキに入れてテレビを点けた。
画面に映ったのは僕だった。
もしかしてこれって・・・
『ねえ、本当に言うの、これ、めっちゃ、恥ずかしいんだけど』
『いいから早くしろ』
『・・こんにちは、一也・・じゃなくて、はじめまして一也、歌子です・・ね
え、何を言ったらいいの?』
『なんでもいいよ』
『えーと、いつもありがとう、一也が私を守ってくれて感謝しています。あの
ね、その、わたしのこと好きて言ってくれてうれしいよ、私も・・その、好き
だよ、一也のこと・・・・でも私は消えなくちゃいけないんだと思う、だから
私が消えるの許してほしい。お願い、一也、ごめんね。私勝手に現れて、勝手
に消えて』
画面上の歌子は涙ぐんでいた。
『秀平、ありがとう、もういいよ』
画面は青一色になった。
「昨日撮ったんだよ」
秀平が言った。僕はぼろぼろと涙をこぼしていた。
「・・秀平、ありがとう」
「ああ」
「僕、帰るよ。里香さんに謝らなきゃ」
「そうした方がいいな」
「うん」
僕は秀平の家を出て、走りだした。涙が止まらない、歌子さんの声をやっと聞
けた、ありがとう歌子さん。
「ただいま」
里香さん達が振り向く。
「一也君?」
「里香さん、昨日はごめんなさい・・・僕、治療を受けます」
里香さんは僕を抱きしめた。
「ごめんね、一也君、歌子ちゃん」
その日、長い梅雨が明けたようだ、やっと青空が広がっていた。

僕達は電車に乗って病院に通う日々が続いた。
季節はもう夏だ、蒸し暑い日々が続いていた。
そして私は、まだ現れ続けていた。
「里香さん、火加減はこれぐらいでいいかな」
「もう少し弱火にして」
私は里香さんから料理を習っていた。もうすぐ消えてしまう私が習っても仕方
ないのだが、まあ、少しの時間でも里香さん達と一緒にいたいから。
「あれ」
目まいがした。
「あの、里香さん」
僕、一体。
「どうしたの、歌子ちゃん」
「僕、一也です」
「あら交代しちゃったの?」
「はい、そうみたいです」
「一緒に料理作っていたのよ、一緒に作る?」
「はい、僕、何をすれば?」
「それをかきまぜて」
ピンポーン
チャイムが鳴った。
「僕出てきますね」
僕は玄関へと向かった。開けると父と母がいた。
「一也、迎えに来たわよ」
母が言う。
「帰ってください」
僕は精一杯の勇気を振り絞った、もう歌子さんに頼っちゃダメなんだ。
「・・もう、来ないでください」
「一也、また、一緒に暮らしましょう」
「僕は、もうあなた達の人形じゃない、おもちゃじゃないんです」
「そんなこと言っていいの?ここの家族がどうなってもいいの?」
母は笑顔を浮かべた。
「少しだけでいいのよ、あなたと話をしたいだけ」
手足が震え始めた。
「分かりました、少しだけなら」
そう言って、僕は従うことにした。大切な人が傷つくのは嫌だ。
僕は車に乗り込むと突然後ろから鈍器のようなもので殴られる感触があり、気
を失った。

気付くと僕は地下室のようなところにいた、いったいここはどこなんだろう。
またあいつらのところに戻ってきてしまったみたいだ。あれから、どれくらい
気を失っていたのだろう。歌子さんは現れたのだろうか。
「おはよう、一也」
母が現れた。
「これはどういうつもりですか?」
「大切な一也ちゃんが逃げ出さないためよ」
僕は両手両足を鎖でつながれていた。この人たちは無駄に金を持っているから
、こんな場所を秘密で作るなんて簡単だろう。
上半身が裸にされている。
「さて、しつけしなくちゃね」
そう言って、母は鋭利なもので僕を傷つけた、激痛が走る。血が流れる。
「ねえ、ごめんなさいは?逃げ出してごめんなさいは?」
「・・・」
この人たちは狂っている。
「僕はもうあなた達に屈しない、歌子に助けてもらわなくても僕は僕で大丈夫
だ」
「歌子?ああ、あなた多重人格になったみたいね、笑える」
そう言って母は笑った。
「一つ、訊きたいことがあります・・どうして、僕を産んだんですか?」
「そんなの、できちゃったからに決まっているじゃない、もしかして愛の結晶
とでも言いたいの?」
「・・あなた達は、かわいそうな人だ、人を愛することを知らない」
「・・・」
「僕は知っている、愛し、愛されることを」
汗が流れた、かなり、暑い。
「僕は歌子に愛された、澄子が好きだと言ってくれた、秀平が華子が友達にな
ってくれた」
「黙りなさい、今すぐ、その口を閉じなさい!」
そう言って僕は顔面を蹴られた。
「・・僕はもう歌子に頼らない、あなた達に決して負けない!しょせん、あな
た達の友達はお金ぐらいだろう、かわいそうな人たち」
「・・・その目、お前のその目が気に入らない、かわいそうな一也、あなたは
ここで死んでしまうのよ、餓死しちゃう。苦しいわね」
「もう、負けない、あなた達には負けない」
「ゆっくり、頭を冷やしなさい、また明日来てあげる、その時までに言葉をゆ
っくり考えておきなさい」
そう言って母は去っていった。
しかしこの状況は本当にまずいな、どうしたらいいんだろう。助けは来るだろ
うか。僕が突然いなくなったのだから、里香さん達は探してくれると思うけど
、ここが分かるだろうか?このままじゃ本当に死んでしまう。でもこの鎖は外
れそうにない。仕方なく僕は眠った、体力を温存したい。
次の日になって、また母が現れた、どうやら父は来ないようだ。
「どう、頭は冷えた?」
「こう暑くちゃ、ちょっと無理だよ」
「そうね、まず、脱水症状を起こしてしまうわね」
本当にそうだ、脱水症状はまずい。
「僕を本当に殺す気か?」
「あなたの態度次第ね」
「勝手にしろ」
「そう、それじゃ、そろそろ、バイバイ。いつまでもこんなところにいるわけ
にもいかないのよ」
「どういうことだ?」
「あなたには飽きちゃったのよ、さよならよ、もう来ることはないわ」
「そんな・・・ちょっと、待って」
母はそれを無視して出て行った。
くそ、つまらない意地なんか張るんじゃなかった、このままじゃ、本当に死ん
じゃう。とにかく寝て体力を温存しよう。
次第に時間の感覚が分からなくなっていった。いったいどれくらいの時が過ぎ
たのだろう。だいぶ長い間ここにいるような気がする。大声を出してみたりし
たが、外には全く聞こえないようだ、鎖も引きちぎろうとしてみた、しかし、
全ての試みが徒労に終わった。
もうダメなのだろうか。
「歌子さん、聞こえているかもしれないから、話すよ」
「僕は、歌子さんがいてくれて本当によかった」
「歌子さん、僕は本当に歌子さんが好きなんだ。だから、本当は今でも歌子さ
んに消えてほしくない」
「でも歌子さんは消えることを望んだ」
「だから、歌子さんの望みの通り、治療を受けているよ、今となってはそれも
無駄に終わってしまうかもしれないけど」
「ねえ、聞こえているなら、返事をして、お願いだよ・・・・やっぱり聞こえ
ていないか・・」
「ごめんね、これでもう終わりかもしれない」
僕はその後も歌子さんに話しかけ続けた、そして意識は朦朧として消えていっ
た。

次に、目を覚ました時には白いベッドの上だった。
「ここは?」
かわいた唇で僕は言った。傍らには里香さんがいた。
「一也君、分かる?」
「・・・はい」
「良かった、ちょっと、待ってね、今お医者さん呼んでくるから」
そう言って里香さんは駆けていった。
「大丈夫か?」
秀平が言った。華子と澄子もいた。
「秀平がね、一人で探しだしたんだよ」
華子が言った。
「良かった」
澄子が言う、涙ぐんでいる。
「秀平が、一人で一也の親の家に忍び込んで見つけ出したんだよ」
華子が言った。
「ありがとう」
僕はそっと点滴の繋がった腕を澄子に差し出した。澄子が優しくその手を握っ
た。
「一也君、良かった」
僕の手の上に涙が落ちる。
「一也の親、自殺したんだ」
「え?」
「車ごと、海に転落した、たぶん、自殺みたいだ」
「そう」
あの人達は死んだんだ。もうこの世にはいないんだ。
「どれぐらい、経ったの?」
「一也がいなくなってから見つかるまで五日、見つかってから、今日まで丸一
日だよ」
「六日間も・・」
もっと長かったような気もするし、もっと短かった気もする。
医師が来て、診察が行われた、しばらく安静にするようにとのことだった。
僕はゆっくりと眠った。
この日を境に歌子は現れなくなってしまった。
僕の恋も終わった。
もう歌子を追うことはなかった。
だけど、夜寝ようとすると、ときどき目頭が熱くなることがあった。
まだ夏は終わる様子も見せず、暑いままで二学期が始まった。
僕は学校に行けるようになった。
まだ時々病院には通っている。
だけど医師はもう大丈夫だと言った。
「おはようございます、お父さん、お母さん」
僕は元気に挨拶をした。
「おはよう、一也君」
「おはよう」
僕は少し明るくなったみたいだ。
カンバスの中の秀平と華子と澄子は笑っていた。
朝食を食べ、みんなの待つ待ち合わせ場所に向かった。
銀色の風を僕は通り抜けた。
完
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