多重人格者の恋
今日で私が生まれてから一年になる、でも私は十三歳。言っていることが矛
盾しているって?違うよ、私は斎藤一也の中に存在する一つの人格なんだ。
私の名前は歌子、一也の幼馴染の華子がくれた名前だ。私のとりえは元気。
そう、だから、今日も元気にいく。
「おはようございます、辰夫さん、里香さん」
辰夫さんは私の義父で里香さんは義母。とても優しい人たち、私たちを救って
くれた人たちだ。
私たちが多重人格であることは、義父母と幼馴染の秀平と華子しか知らない。
他の友達には言ってない。学校の先生にも言っていない。
病院にも行っていない、こんな田舎に多重人格者の病院なんてないし、電車で
街(私達は都会のことを街と呼ぶ)に行けばいいかもしれないが、私達は嫌だ
と言った、特に一也が嫌がった。
「おはよう、今日は歌子ちゃんね」
里香さんが言った。
「すごい、よく分かりますね」
「全然違うからな」
辰夫さんが新聞を見つめながら言う。
一也は気が弱くて根暗なようだ。華子がそう言っていた。最近、私が出る頻度
が多くなっている。
私は朝食を済ませ学校に向かう。
「いってきます」
私は元気に言って家を出る。季節は春、私が一番好きな季節だ。
いつもの待ち合わせ場所に行くと秀平と華子がいた。
「おはよう」
私は言った。
「歌子だな」
秀平が言った。
「よく分かるね」
「あちゃー、私の負けか」
華子が言った。
「負け?」
「勝負してたんだよ、ほら、俺の鞄持って」
秀平が鞄を渡す。
「おもっ!何入ってんの?」
「辞書だよ、行くぞ、ほら」
「辞書なんか持って来なくていいのに」
秀平は気が強い、そして華子ちゃんは気が優しい。
私達は歩きだした。
「ねー、今日の英訳やってきた?」
私は尋ねた。
「私まだ」
華子ちゃんが答える。
「俺はやった、歌子は?」
「一也がやってくれたよ」
「いいなー、歌子は一也がいて」
華子は鞄を二つ持ちながら言った。
「うん、一也優しいしね」
「一也と歌子みたいな多重人格も少ないだろうな」
「私たちみたいなのって?」
「仲良く共存しているのだよ」
そう、私と一也は仲が良い。これまで上手くやってきた、でもいつかは・・お
そらく私が消えなければいけないのだろう。まだ一也と私は一緒にいたい。
学校はもうすぐだ。
「ねー、秀平、重いよー、もう、無理」
華子が音を上げた。
「しゃーねーな、ほら貸せ」
秀平は口は汚いがすごく優しい、そのことを私達はよく知っている。
私達の学校は田舎だから一学年に一クラスしかない。だから私達は同じクラス
だ。
生徒数はそんなに多くないのでみんな知っている顔だ。
そんな仲のいいはずの中学三年のクラスに都会風な事件が昼休み起きた、いじ
めだ。
きっかけはおそらくつい先日街から引っ越してきた工藤晴美だと思う。事件は
昼休みに起きた。工藤は気の弱い赤田澄子さんを校舎裏に呼び出した。なんか
昭和の女番長もののような気がするが実際はもっとたちが悪かった、ちょうど
私達三人が仲良く校舎横で食事をとっていたので話は丸聞こえだった。
内容はあとで思い出してもへどが出るような内容だったので、あまり話したく
ないのだが、赤田さんの母親が、工藤の父親の愛人を最近行っているとのこと
で、それを理由にいじめが起きたようだった。
私達は箸を止めて、そっと話を盗み聞きしていた。
そして私は立ち上がった。
「ちょっと行ってくる」
そう言って私は華子が止めるのも聞かずに校舎裏へと向かった。
赤田さんは髪をつかまれ殴られているようだった。私は、実際は足が震えてい
た。
「誰だよ、お前?」
まだ私のことは覚えていないようだ。
敵は工藤含めて四人、随分と配下を集めたものだ。だがその配下は少し離れた
ところで傍観しているだけだった。
こんな田舎にいじめなんか起こすなよな。
「斎藤一也だ、覚えておけ、ガキ」
「ああ、お前か、虐待息子は」
私の中の何かが切れちゃった。その後は何が起こったのかよく覚えていない。
一直線に走って行って工藤にとび蹴りをくらわせて、ぼこぼこにした。
秀平が必死に私を止めた。秀平は私の体を掴んで離さなかった。
「歌子、落ち着け」
「放せ、秀平。一也のことを馬鹿にするやつは、虐待のことを馬鹿にするやつ
は許さない」
もう工藤は逃げて、その場にいなかった。赤田もいつの間にかいなくなってい
た。
私は肩で息をしていた、少し涙も流していた。
「・・・歌子」
華子が寄ってくる。
「・・・秀平、もう、大丈夫だから、放して、ごめん」
「ああ」
工藤の言うとおりだった、一也は虐待を受けていた、そして私が生まれたのは
おそらくその結果だと思う。
最悪な誕生日になった。
悪いことはそれだけで終わらなかった。
工藤が先生に殴られたことを話して、私は放課後職位室に呼ばれた。
「どうして、こんなことをしたんだ?」
私は何も答えなかった、もう一時間ぐらい黙っている。
「黙っていたら、分からんだろ。斎藤」
「・・・」
「いいかげんにしろ」
私は全く話さなかった。
「このままじゃ、親御さんに連絡するぞ」
それは困る、でも言いたくない。
「もういい、親が来るまでトイレ掃除をしていろ」
私は職員室を出て行った。
職員室の外には秀平と華子がいた。
「さあ、トイレ掃除しようぜ」
「・・・秀平」
「私も手伝うよ」
華子も言った。
私は少し目頭が熱くなった、目をゴシゴシとこすった。
「ごめん」
「なんで、歌子が謝るんだ?俺のほうこそ悪かった、止めて」
「そんな、秀平が止めてくれて助かったよ、本当に」
「じゃあ、トイレ掃除しようか」
華子が言った。
「うん」
私達はデッキブラシを手にトイレ掃除を始めた。赤田さんは大丈夫だろうか、
気が弱いから心配だ。
トイレ掃除は楽しかった、なかなか楽しい誕生日になった。
里香さんが学校に来たが、何も喧嘩の理由は聞かなかった。ただ頭を先生に下
げているのだけが見ていて苦しかった、申し訳なかった。
帰り道、秀平達と別れて、里香さんと二人きりになると私は立ち止まった。
「どうして・・・怒らないんですか?」
「・・」
「私が一也じゃないからですか?私が主人格じゃないからですか?」
「・・」
里香さんは私のことをじっと見つめている。
ずっと言えなかったことがある、私はついにそれを口にした。
「私は要らない子だからですか?」
すると、里香さんは私を抱きしめてくれた。
「そんなことないわ・・歌子ちゃんも、一也君も大好きよ」
大好き・・確かに里香さんはそう言ってくれた。多重人格者の別人格にしか過
ぎない私に向かって。
私の身体に虐待を受けていた時の無数の傷跡がある、私はその記憶を持ってい
ない、そんな私を一也は受け入れてくれた。そして、また里香さんも多重人格
者の別人格である自分を受け入れてくれた。嬉しかった、ずっと私は要らない
人間、いつかは消えてしまうにすぎない自分だと思っていた。
「みんな、大好きなのよ」
里香さんは嘘を言ってない、その言葉の強さがそう感じさせた。
私は泣きながら頷いた。
「・・ありがとうございます」
本当にありがとうございます。
私はその晩、いつものようにノートを書いた、私達はいつもノートを書いてお
互いの行動を共有している。でも、工藤の言ったあの言葉を書こうか迷った。
しかし、どんなこともありのままにが、このノートの規則だったので、ありの
ままを書いた。
喧嘩なんかしてごめん、一也。明日はどっちなんだろう、私だろうか、一也だ
ろうか。
「おやすみ、一也」
私はそう言って、寝ることにした
夜中、僕は悪夢を見て、目を覚ました。背中が汗でびっしょりだ。久しぶり
に実の親の夢を見た。部屋の電灯を付けて深呼吸をした。
困ったな。
なかなかもう一度すぐに寝る気にはなれなかった。ふと机に目をやるとノート
が置かれている。。ノートを手に取り開いた。交代していたことを知った。歌
子さん・・こんなことがあったのか。人を殴るのなんて初めてだな、僕にはで
きないや。
手が震えていた、夢の余韻がまだ残っている。
僕はノートをしまってもう一度寝ることにした、できたら、朝起きたら歌子さ
んであって欲しい、僕は消えてしまいたかった。僕は消えて歌子さんが残って
欲しかった。
僕は歌子さんが好きだった、こんなことを言ったら笑われるかもしれないが本
気で歌子さんに恋をしているんだ、もちろんそんなことは歌子さんには言って
いない。
しかし朝になって目を覚ますと僕だった。机の上にノートは置かれていない、
交代はしていないようだ。
仕方なく着替えて朝食へと向かう。
「おはようございます」
「おはよう、えっと、一也君ね」
里香さんは言った。
「はい、昨日はすみません」
「いいのよ」
里香さんは笑って答える。
「何かあったのか?」
辰夫さんは尋ねた。
「学生時代にはよくあることよ」
「そうか」
辰夫さんはそれだけ言ってもう何も言わなかった。
僕は朝食を食べ、いつもの待ち合わせ場所に向かった。
「おはよう」
僕が声をかける。
「一也か?」
秀平が言った。
「うん」
「うわー、負けた」
秀平は悔しそうな声を出した。
「はい、持って」
そう言って華子は鞄を渡した。しぶしぶ秀平は受け取る。
「昨日はごめんね」
僕は謝った。
「うー、気にすんなよ」
秀平が言う。
「そうそう、気にしなくていいよ」
華子は言った。
「ありがとう」
僕は言った。
僕らはたくさん話して笑った、自分でも分かった、これが青春なんだってこと
が・・僕らは今を生きていた。
教室に入ると真っ先に赤田さんとその友達に話しかけられた。
「斎藤君、おはよう」
赤田さんは蚊の鳴くような声で言った。
「おはよう」
僕も何故か弱弱しく返事をする。
赤田さんは確かノートに書いてあった、工藤さんにいじめられていた人、だっ
たと思うけど。
「あの、昨日はありがとう」
やっぱりそうだ。
「いや、別に・・」
僕じゃないしと思わず言ってしまいそうになった。
赤田さんの友達に話しかけられた。
「斎藤君、ちょっといい?」
「う、うん」
何だろう?
僕は廊下の隅に連れて行かれた。
「さー、澄子、後は一人でも大丈夫?」
「うん」
赤田さんは弱弱しく頷き、二人きりになった。
「斎藤君、・・あの、放課後ちょっといい?」
「うん」
「あの、じゃ、放課後、またね」
そう言って赤田さんは去って行った。
いったい何だったんだろう。
「どうしたん?」
教室に入るなり、華子に話しかけられた。
「昨日のお礼かな」
「そう、一也、今日の英訳見せてー」
「いいよ」
僕はノートを渡す。
放課後何なんだろういったい、僕の胸は高鳴った、まさかな。
う、工藤さんからの視線を感じる。きつい。
僕はその日、放課後のことに気をとられ、うわついた気分で一日を過ごした。
とうとう放課後になった。
「一也、帰ろうぜ」
秀平に声をかけられる。
「ごめん、今日、ちょっと用事ある」
僕は急いで教室を出た。
秀平はなんなんだという顔をしていた。
「あの」
後ろから声をかけられびくっとする。
赤田さんだ。
「一緒に帰ろう」
また蚊の鳴くような声だ。
「う、うん」
僕は大げさに頷く。
僕と赤田さんは桜並木を一緒に歩いた。沈黙が辛かった、何か話そうとしたけ
ど何を話したらいいか分からなかった。
「あの・・・」
しばらくしてから赤田さんに話しかけられた。
「な、なに?」
声が裏返っている。
「・・・斎藤君は好きな人いる?」
「・・・」
「私は斎藤君のことが好き、今日はそのことを伝えたくて。昨日は嬉しかった
、ずっと好きだったから」
「・・・いるよ」
「え?」
「ごめん、好きな人いるんだ」
「・・・」
こんな僕を好きだと言ってくれたんだ、正直に話そう。
「僕、実は、多重人格者なんだ。僕は、別の人格の歌子さんが好きで。・・昨
日助けたのは、僕じゃないんだ、別人格の歌子さんなんだ。だから・・ごめん
」
「・・なんで、なんで、そんな嘘つくの?」
「・・」
「私のこと嫌いなら、素直にそう言ってくれたらいいのに」
「違うよ」
「私、一人で馬鹿みたい」
そう言って赤田さんは走り去って行った。
僕は茫然と立ちつくした、桜の花びらがひらひらと舞っている。僕なんかいな
くなってしまえばいいのに。
「一也」
振り向くと秀平と華子がいた。
「どうしたの、一人で?」
華子が尋ねる。
「何でもない、帰ろう」
僕はそう言った。
帰り道、僕の気持ちは上の空だった。初めて人に好きだと言われた、でもその
人を傷つけてしまった。何故か辛かった。
帰ると里香さんが絵を描いていた。油絵だ。
「おかえりなさい」
「ただいま、絵描いているんですか?」
「そうよ・・一也君も描いてみる?」
「僕は、絵、苦手だから」
「絵は好き?」
「え?」
「好きか嫌いかの話よ」
「嫌いじゃないです」
「じゃあ、描いてみるといいわよ。私も下手の横好きだから」
「・・・」
「描いてみる?」
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