「さーて、これからが正念場ですよ」
精二さんが言うと、私と佐藤君と藤田君は頷いた。
今日は日曜、佐藤君の両親は仕事が休みで家に居る。
「本当に私たちが行かなくてもいいのですか?佐藤君」
「はい、一人で行かせてください、何があっても来ないでください」
「分かりました」
「西沢、すぐ戻ってくるからな」
「・・うん」
佐藤君は車から降りて行った。
私達は沈黙して待っていた。
数分後、見ているガラスが割れて人が倒れるのが見えた。私と精二さんは車か
ら出ようとしたが、藤田君に止められた。
「信じろ」
藤田君は言った。
男の人の声が聞こえた。
「いい加減にしろ、何度言ったら分かる!お前は何を考えているんだ、そんな
こと許されると思っているのか!」
「分かっています、許されないことは。でも」
佐藤君の声が聞こえた。
「でも僕はその人のことが好きなんです、守りたいのです」
「ガキが、偉そうなことを言うな!」
「僕はなんと言われようと、結婚します」
「お前」
「大学にも行きます、でも働きながら行きます。絶対西沢の手を離したくない
のです、好きなんです、どうかお願いします」
「西沢」
藤田君が言った、私は涙を流していたのだ。
「お父さん、お願いします」
「ごめん」
そう言うと私は藤田君の手を振りほどいて、佐藤君のところに向かった。佐藤
君はガラスの破片のなか土下座していた。
私も隣に行き正座して頭を下げる、脚に、手に破片が刺さる。
「お願いします、佐藤君と結婚させてください」
「西沢・・」
「お願いします、結婚させてください」
「お前が西沢か・・お前たちはまだガキだ、許さん」
「お願いします」
「お願いします」
「お願いします」
私達は何度も繰り返した。肩が手が足が心臓が震える。怖い、本当に怖い、で
も佐藤君を好きな気持ちの方が勝っている。破片はどんどん深く刺さっていく
。痛い。
数分後、佐藤君のお父さんが言った。
「お前はもう勘当だ、出て行け」
佐藤君はその言葉に安心したようだ。だけど私は言った。
「お願いです、どうか佐藤君を見捨てないでください」
「お願いです」
「お願いです」
私は何度も繰り返した、泣きながら繰り返した。佐藤君がもういいと言っても
止めなかった。
・・・・
「出て行け」
そう言うと佐藤君のお父さんは奥に入って行った。何も言わず見ていた、お母
さんも一緒にだ。
私は悔しさと申し訳なさでいっぱいになり泣いた。
「良かったんだ、これで良かったんだ。だから泣かなくていいよ」
そう言って佐藤君は私の手を取って立った、私の手にはガラスの破片が刺さっ
ていたが、それ以上に、佐藤君は背中を中心に体全体には刺さっていた。
「病院に行きますよ」
精二さんは急に現れ、佐藤君の手をとり引っ張って行った。
「西沢さんも早く」
私は頷く。
「ちょっと待って、足の裏のが、歩くとめり込む」
佐藤君が言うと、藤田君が抱き上げた。
「うぇー、男抱き上げたくないよ〜」
「なら、降ろしていいぞ」
「すまなかった」
「?」
「すぐに行けなくて。お前の言葉があって行けなかった」
「世の中そういうものだ、気にするな」
「おう」
私達はすぐ病院に向かった、私はあまり大したことなかったが、佐藤君は深か
ったみたいだ、背中が特に、でも、神経などは傷ついていなかったようだ、よ
かった。
次の日、精二さんは仕事があったので、吉本先生がレンタカーで軽トラを借り
てみんなで佐藤君の引っ越しをした。佐藤君はもちろん、私の家で休ませてい
た。そして本人がいない部屋で吉本先生はいきなりベッドの下から、エッチな
本を出して私に渡して、親指を立てて頑張ってねと言った。手伝いにきた藤田
君と瀬戸君は顔を赤くしていた。
「私、こんなに胸大きくないですよ」
と言ってエッチな本は再びベッドの下にしまった。
「持っていかないの?」
「持っていかないです、私の家にはこんなものは置かせません」
手伝いに来ていた瀬戸君のお母さんが笑った。
佐藤君と私は夜アルバイトをしながら、夏期講習に参加した、吉本先生の夏期
講習の参加者は他の授業に比べて少し少ないだけですんだ。本人は最初の授業
の時にいつもより緊張していたみたいで、教室に入った瞬間、みんなに聞こえ
るぐらいの声で「よかったー」と言い、次の瞬間、二年生の教科書を持ってき
たことに気付いて、急いで教科書を取りに職員室に帰った。みんな大爆笑だっ
たけど、実は私も緊張していた。一度だけ夏期講習がない時、みんなで、つま
り、佐藤君、藤田君、瀬戸君、私、吉本先生、瀬戸君のお母さん(心配で付い
てきたようだ)、精二さんで、海に行った。精二さんは無理に休んだのだけど
、会社にちょっとトラブルがあったみたいですぐに帰って行った。
瀬戸君のお母さんが私に吉本先生と息子付き合っているんでしょと言ってきた
。ばればれみたいだ、吉本先生は腕にリストバンドをしていた、訊くと高校の
頃に少しやっちゃったみたいだ。瀬戸君は一度も夏期講習に参加しなかった、
佐藤君はまず精二さんの会社のビルの清掃からアルバイトを始めた、そして夏
休みが終わると、土日の朝に少し事務関係も手伝うことになった。その他にも
いろんな仕事を手伝ってみて、その仕事ぶりを見て精二さんは佐藤君に将来、
精二さんの秘書をやってみないかと言われた。佐藤君はその言葉をすごく喜ん
だ、目標が経済学部になった。父や母に認めてもらえなかったのに認めてくれ
たと食事のとき嬉しそうに言っていた。藤田君は目標を教育学部にした、先生
になりたいのだそうだ、しかも小学校の先生に。二学期になっても瀬戸君は教
室に顔を出さなかった。吉本先生に尋ねると、どうやら留年することに決めた
らしい、今の病気には治療期間がある程度必要らしい。今心のリハビリ中だと
言っていた。佐藤君と藤田君は何度か瀬戸君に会いに行った。会って話もでき
たようだ、佐藤君が言っていた。今はリストカットもせず落ち着いているそう
だ、ただ発作が起きた時辛いようだ。実際一度会っている時に発作に直面した
が、佐藤君はその様子は話さなかった、私もあまり聞かなかった。ただ、瀬戸
は本当に辛そうだったと言った。しかし瀬戸君はその後も会いに行ったら会っ
てくれた。私は二学期に入ってもどこの学部に行こうか迷っていた。お母さん
は十分休養して元気になり、精二さんの紹介で再び仕事を始めた。いい職場だ
と言っていた。職場の仲間と旅行に行くこともあった。秋も終わりに入り始め
た時、私は母の仕事のお礼も兼ねて精二さんに会いに行った、お母さんと佐藤
君も一緒だ。
藤田君の家に着いた。
佐藤君がインターフォンを鳴らすと藤田君が出てきた。
「待っていたぞー」
「うん」
「入って、入って、母さんは留守だけど、ちゃんと精二さんは居るから」
中に入ると、精二さんはエプロン姿だった。
「何かしていたのですか?」
佐藤君が言った。
「まこと君とピザを作っていたのだよ、もうすぐできあがるから。さあ、先客
もいらっしゃるし」
先客?奥に進み、リビングに入ると、瀬戸君と吉本先生がいた。
「清子ネエと瀬戸、なんだ来ていたの?」
「『なんだ』はないでしょ、さっちゃん」
「『さっちゃん』はないでしょ、『さっちゃん』はそろそろ卒業しようよ」
「精二さん、とても良い職場を紹介していただきありがとうございます」
お母さんが精二さんに言った。
「いえいえ、とても一生懸命に働いてくださると聞いていますよ」
精二さんが優しい顔で言う。
「あの、精二さん、今日はお話したいことがあって来ました」
私は言った。
「なんですか?」
「私、大学には行きません」
私が言うと数秒間をおいてから佐藤君が言った。
「つまり、僕との婚約もなしにするのか?」
場の空気が凍りつく。私は首を横に振る。
「佐藤君とは結婚します、でも条件を変更して欲しいのです、私はまだ大学に
は行きたくないのです」
私は言った。
「まだ?」
吉本先生が尋ねてきた。
「はい」
私は返事をする。
「私のこと気にしているの?」
お母さんが言った。
「違うよ、お母さん」
私は否定する。
「詳しく話してください」
精二さんが優しく言った。
私は腕を胸の前に組んで言った。
「まだ行きたくないのです、私、学びたいこと見つからなくて、学部決められ
なくて、夢とか目標とか、まだないのです。だからまだ行きたくないのです。
きっと今行ったら後悔します。だからもう少し働いて考えたいのです」
「西沢さん、そういう子は実際にはたくさんいるのよ、自分の夢が分からない
子はね。でも、みんな、好きな分野などで頑張って入って、将来を決める、た
くさんいるのよ、そう言う子はね」
吉本先生が言った。
「私はそういう探し方したくないのです、ちゃんと自分の目標見つけてから大
学に行きたいのです、中途半端な気持ちで行きたくないのです、私は少数派に
なっても構いません。落ちこぼれでもいいんです、しっかり気持ちが固まって
から大学に行きたいんです、学びたいこと見つけてから行きたいのです。お願
いです、分かってください」
私は言った。
「分かりました、では条件を変えましょう、西沢さんはどんな時でもがんばっ
て生きること、でも疲れたら休むこと。以上です」
精二さんはそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。
「僕がそばにいるからね」
佐藤君は私の頭を撫でた。
「うん」
私は返事をする。
チーン
オーブンの音が鳴る。
「さあ、みんなでピザを食べましょう」
精二さんが嬉しそうに言う。
「まこと君、取り出してください」
「はーい・・・精二さん、これ」
藤田君が固まる。
「?」
みんながオーブンを覗きこんでいる藤田君を見る。
「真っ黒焦げだよ」
朝。目が覚める、もう冬だ、かなり寒い、布団の中から出たくない。でもお母
さんは今日仕事だから起きなくちゃ。起きて隣室で寝ている佐藤君の様子を見
に行く。佐藤君はもう起きていて、布団の中で英単語の本をめくっている。
「おはよう、佐藤君」
「おはよう」
すごく幸せな時間だ。
「勉強、熱心だね」
「もうすぐ、センターだから」
「私もセンター受けるよ」
「そっか」
「うん」
「そろそろ、朝食作らなきゃな」
「うん、私今日仕事休みだよ」
「僕も、でもお母さん仕事入っていたよな」
「うん」
「窓の外見てごらん」
「何?」
私は台所の窓から外を眺めた。
「うわー」
一面の銀世界だ。まだ雪は降っている、だいぶ積もっているようだ。
「昨夜から降り始めていたよ、西沢・・」
「何?」
私は振り返る。
「僕、去年、雪が降った日死のうとしていたんだ」
「・・・」
「でも藤田が止めてくれた、清子ネエも」
「・・良かったね」
「うん・・本当に良かった」
「おはよう」
お母さんが起きている。それから私達は布団を片付け、朝食を作り始めた。3
人で狭い台所に立ち、ワイワイ騒ぎながら作る。佐藤君はまだ包丁の使い方に
慣れていない、お母さんが教える、剥き終わったじゃがいもを見て、私とお母
さんは笑った、小さい。
朝食ができると私達は一つのテーブルを囲んで食べ始めた。楽しいひと時だ、
夢のようだ。お母さんが仕事に出かけ、私達は食器を洗う。佐藤君は藤田君と
吉本先生と瀬戸君の話をしてくれた。
食器を洗い終わったとき、インターフォンが鳴った、出てみるとそこには吉本
先生と瀬戸君と藤田君と精二さんがいた。
「みんな、どうしたの?」
「雪が降ったら、すなわち・・・・雪合戦だー!」
吉本先生がやけに高いテンションで叫んだ。
「清子ネエ、近所迷惑だよ」
佐藤君が言った。
「これだから、最近の若者はなっていないねー」
吉本先生は首を振りながら答える。
はははと私は笑った
「さーさー、二人とも用意して」
私達はそれぞれ、用意をする。私の手袋は佐藤君が買ってくれたものだ、暖か
い。大切に使っている。私達は防寒対策をして、私は吉本先生の車に、佐藤君
は精二君の車に乗り込んだ。
「どこに向かうのですか?」
「もちろん」
「もちろん?」
「海だよ!」
「・・冬なのに?」
「冬だからだよ」
私達は去年来た浜辺に着いた。
「それでは瀬戸カップル対佐藤カップル対藤田親子対抗戦を行いまーす!」
「テンションたけーな」
佐藤君がつっこみを入れると、バシャッ、佐藤君の顔に雪玉が直撃した。
「ふふ、隙ありー」
「てめーー」
佐藤君もやり返す。みんな大混戦の雪合戦が始まった、もうチーム対抗戦なん
かじゃない、めちゃくちゃだ、私はキャーキャー言いながら逃げ回ってばかり
いた。
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