「お腹空いたでしょ、早く食べよ」
「お、おう」
二人で「いただきます」を言って、俺はパンにかぶりついた。予想通り、あま
りおいしくない。
「お父さん、どうしたの?」
「あー、ちょっと病気みたい、入院することになっちゃって」
「そうなの、大変だね」
大変なのはお前の方だろ、瀬戸・・
「あのさ、俺、親父に毎日会いに病院に来るから。瀬戸のところにも毎日来る
からさ、会おうぜ」
「いいの?ありがとう!」
「友達だろ、気にするなよ」
「・・うん、そうだね」
「佐藤も連れてきていいか?」
「うん、でもその他の人には入院のこと黙っていてくれる?」
「いいよ、了解」
瀬戸は学校の様子を詳しく尋ねてきた。俺はいろんなことを話した。できるだ
けおもしろおかしく、瀬戸はよく笑った。・・瀬戸、お前の病気はいったい何
なんだ。何がお前を苦しめているんだ。できたら話してほしい、教えてくれよ
。俺はガキだった、病名を聞いても瀬戸の苦しみが減るわけではないのに。勝
手
な気持ちを押し付けようとしていた。
瀬戸は食事を半分残した。こんな食事おいしくないだろ。代わりにフルーツジ
ュースを飲んで栄養を補給しているようだ。
「あ、お母さん」
病室に女性が顔を出した。女性は若く見え、俺の母親とは違い、化粧はあまり
していない。優しそうな人だった。
「裕太、お友達できたの?」
そういや、瀬戸の下の名前裕太だったな。
「クラスメイトだよ」
「でも学校には知らせてないんじゃ?」
「お父さんが入院することになったんだって、それでたまたま会ってね、お昼
ご飯一緒に食べてくれたの」
「まあ、それは、それは、ありがとうございます、いつも裕太がお世話になっ
ています」
「いえ、こちらこそ、藤田まことです」
俺はお辞儀をした。
「お母さん、仕事は?」
「今日は、昼休み長いから、抜けてきたの」
「そんないいのに」
「いいのよ」
優しそうな方だな。
「瀬戸、それじゃ、俺、父さんの所に戻るな」
「うん」
俺は瀬戸の母親に一礼をして出て行った。
こつこつと歩いていると
「藤田君」
そう瀬戸の母親の声がした。
「少し、お話いいかしら?」
「はい」
僕らはベンチに腰をかけた。
「裕太のことなのおだけど、学校ではどうかしら?あの子あまり辛いことは口
にしないから、病気で苦しい時もいつも一人で耐えているんです」
「瀬戸は、人気者ですよ、真面目さにみんな一目置いていますし、人望が厚い
です。瀬戸には学級委員長続けてほしかったです、きっとみんなそう思ってい
ますよ」
「そう、ありがとう」
「いえ・・・あの、瀬戸の病気はいったい?・・」
「とてもじゃないけど、簡単に言えないんです。いくつもの病気を併発してい
て、その中には精神の病気で偏見を持たれやすい病気も含まれていて・・・ど
うしてあの子が」
「すいません、軽々しく訊いて」
「いえ、いいんです。ごめんなさいね、ちゃんと言えなくて」
「いえ、あの、俺、毎日会いに来ますから」
「本当に?ありがとう、よろしくお願いします」
「いえ」
「それじゃあね」と言って瀬戸のお母さんは病室に戻っていった。
「瀬戸・・・」
俺はあまりにも無力で、なのに父さんを瀬戸を救いたいと思った。それが勝手
な思い上がりに過ぎないということにはまだ気付いていなかった。
次の日、学校が終わったら、清子ネエに車に乗せてもらって荷物を病院まで運
んだ。佐藤も一緒だ。車の中で瀬戸が入院していることを話したら、佐藤はあ
まり驚かなかった。薄々勘付いていたみたいだ。
清子ネエに親父の病気のことを話すと、ただ、そうとだけ言って終わった、あ
まりショックは受けてないみたいだ。ただ、母さんには私が伝えておくという
言葉を付け足した。
清子ネエは病院に着くと、喫茶店で時間過ごしているから終わったら呼んでと
だけ言って去っていった。清子ネエには清子ネエの事情があるのだろう。
俺は少し荷物が多くなってしまったが、アルバムを渡した、生まれてから親が
離婚するまでの清子ネエと俺の写真が載っている。佐藤は一足先に瀬戸のとこ
ろに向かった。
親父はじっとそのアルバムの写真を見つめている。
「今の写真の方が良かった?探したんだけど、見つからなくてさ。俺写真撮ら
れるの好きじゃないし、清子ネエはもう向こうにいるし」
「いや、これでいい・・ありがとう」
ありがとうも初めてなんじゃないだろうか。
へっくしゅん
花粉症だ。
「風邪か?ここ病院だし診てもらったらどうだ?」
「ちゃうちゃう、花粉症だよ」
「あんた、えらいねー」
隣のベッドのおばあちゃんが話しかけてきた。
「ちゃんと、お父さんのお見舞いに来てねー。私の息子たちはちょっとも会い
に来ないよ、明日死ぬかもしれないっていうのにね」
「そんな・・・」
俺は上手く言葉を作ることができなかった。そんな困っているとき、父さんが
間に入った。
「本当に優しい息子ですよ、私は果報者です」
「うんうん」
おばちゃんが頷く。
そして僕は言った。
「おばあちゃん、何か欲しいものある?」
「うーん、あまり高いもの、言われると困るでしょ、ははは」
「あはは」
「折り紙かね」
「折り紙だね、分かった」
「私も果報者の仲間になっちゃうね、ははは」
「うん」
そしておばあちゃんの目は少し潤んでいる。
こんなことで泣くの?
「お金あるか?」
父さんは訊いてきた。
「大丈夫、心配しないで、底をついたら、ちゃんと言うから」
「そうか、今日の学校はどうざった?」
「いつもどおり、普通だよ、退屈だった」
「そうか」
父さんの体は明らかに昨日に比べて痩せていた、こんな短期間で変わるものな
のか?
見ていて痛々しい、つい泣きたくなってしまう。でも絶対泣いちゃダメだ。あ
の逞しく守ってくれる父さんはどこかに行ってしまった。今からは俺が守らな
きゃ。そろそろ行かなきゃ。
「友達のところに行かなきゃ」
「友達?」
「うん、入院しているんだ」
「どんな病気で?」
「分からない・・いろいろ重い病気が重なっているらしい」
「そうか、優しくしてあげろよ」
「うん、またあとで顔出すね」
そう言って僕は瀬戸のところに向かった。
瀬戸と佐藤は病室でトランプで遊んでいた。
「何やっているんだ?」
「大富豪だよ」
佐藤が答える。
「僕らの地域では大貧民て言うけどね」
瀬戸が言った。
「早く藤田やろうぜ、2人でやっても面白くない」
「ああ」
病室がノックされ清子ネエが入ってきた。暇だから様子見に来たのだろうか、
父さんのところにはおそらく行っていないだろうな。
「吉本先生」
「おー、トランプやってんの?私も入れて入れて」
「いいよ、清子ネエも入って」
俺が言うと瀬戸が尋ねた。
「清子ネエ?」
「あー、えっと、幼馴染なんだよ」
「そうなんだ」
俺達は面会終了時間直前までトランプで遊んだ。瀬戸はとても楽しそうだった
。良かった、嬉しい。
「俺、もう一回、父さんの所に行くから」
と言って、父さんの病室に向かった。
「どうだった」
「何が?」
「入院している友達の様子」
「楽しそうだったよ」
「良かったな」
「うん、それじゃ、また明日来るね」
「うん」

そして毎日俺と佐藤は自転車で病院に通った、父の容体は日が経つにつれ、目
に見て分かるほど悪化していった。20日ほど過ぎた頃には、通される管の量
はだいぶ増え、もう呼吸器が外せなくなっていた。もう会話することもできな
くなっていたが、俺は一日のことを報告すると、嬉しそうに微笑み頷いてくれ
た。夜、俺は毎晩布団の中で泣いた。
隣のおばあちゃんとも毎日話をした、そうか、そうかと返事をしてくれた。俺
には親父の母、つまり、おばあちゃんがもういなかったので、なんだか本当の
おばあちゃんみたいな気がした。
瀬戸とはいろんな遊びをした。瀬戸には将棋、囲碁、チェスを教えてもらった
。囲碁は難しい遊びだったが瀬戸の教え方は上手かった。俺はあまり上達しな
かったが、佐藤は才能があるのか、すぐ上手くなった、代わりに俺と佐藤は麻
雀を教えようとジャラジャラやっていたら、看護士さんにうるさいと怒られた
。もちろん3人だから遊びの大半はトランプとUNOをした。瀬戸の母さんと
父さんは毎日瀬戸の見舞いに来ていた、しかし瀬戸には中学生の妹もいたのだ
があまり顔は出さなかった。
そして、父さんは入院してから25日目、息を引き取った。俺が帰った後、深
夜に亡くなったので、俺は死に目にはあえなかった。連絡を受けて急いで自転
車をこいで駆け付けた時にはもう白い布がかぶせられていた。俺は人目もはば
からず、激しく泣き崩れた、覚悟はできていたと思った、毎晩想像しては泣い
ていたのでもう泣かないとは思っていた。
苦しまずに逝ったよとおばあさんが俺の背中をさすりながら言ってくれた。
遺体は霊安室に運ばれて行った。俺は母さんに電話をして、できたら来てくだ
さいと告げた。清子ネエにも連絡がいったらしく、清子ネエも来てくれた。俺
は精二さんに少し休もうと言われ、支えられるようにして、母さんと清子ネエ
を霊安室に残して、外に出た。朝日が綺麗だったけど、何も考えられなかった
。
外のアスファルトに座ると、瀬戸が現れた。
瀬戸はなにも言わずに隣に座った。反対側に精二さんが腰を下ろした。
俺は思っていたことをポツリポツリと口にした。
「父さん、俺に『一緒にいたい』と言ってくれたんだ、病気でもう長くないこ
と分かっていたんだ。最期は俺といたいんだと思ってくれたのかな」
「うん」
精二さんが頷く。
「俺が喧嘩して飛び出して行った時、父さん、眠らずに待っていてくれた」
瀬戸が頷いた。
「俺、勉強もできないし、歌とか絵とかもダメだったけど、小学生6年生の時
マラソン大会で10位になった時、すごく喜んでくれた。10位だよ、1位じ
ゃなくて10位、メダルなんかすごいちゃっちいの、俺メダル貰った時、そん
なに嬉しくなかったけど、父さんに褒められてすごく嬉しくて、今でもさ、そ
のメダル部屋に飾ってあるんだ。俺、あまり親孝行できなかった。毎日こんな
俺なのに面倒見てくれたのに」
「うん」
「なんで父さんの病気にもっと早く気付いてあげられなかったんだろ、本当に
俺って大馬鹿の親不孝者だ」
「まこと君は立派な自慢の息子です、実はね、私、入院中に何度か一人でお見
舞いに来たんですよ、そしてその度に言われました『素直ないい子なんです、
どうかあとを頼みます』とね。私、何度も頭下げられましたよ」
「あの父さんが頭下げたんですか?」
「うん」
「僕もね、一度会いに行ったんだよ、そしたら、ありがとうって、友達になっ
てくれてありがとうって言われた」
「そんなことが・・」
精二さんと瀬戸はそのまま何も言わずにそばに居てくれた。再び俺は話し始め
た。
「俺、中学生の時、父さんのこと、すごく嫌いになって、避けていた時がある
んです。なのに、父さん何も言わなかったんです、そんな俺を許してくれまし
た」
「俺、綺麗なことばかりが父さんとの間にあったわけじゃないんです。汚いこ
とばかりです。それが今、悔しいんです。こんな俺の父親でいてくれたのに」
「うん、お父さんからね、実は遺書を預かっているんです、読みますか?」
俺は頷いて、遺書を受け取った。
『まことへ
すまない、こんなに早くに逝ってしまって。お前とはもっと時間をともにした
かった。こんな私の息子になってくれてありがとう、私はいつも機嫌が悪く、
いつもお前に辛くあたってしまった、後悔ばかりが残ってしまった。お前は中
学生になるといつも、こんな私にお疲れさまと声をかけてくれ、夕飯を作って
くれたな。お前も学校で疲れているのに、私はお疲れさまを言えなかった。私
は本当に不器用で、感謝の
気持ちをいつも抱けなかった、すまない。お前がいてくれること、それを当然
のように思っていた。それはかけがえのないものだったのに。私は癌を宣告さ
れたとき、焦った。だが看病してくれるお前がいてくれた。お前は私の苦しみ
を和らげてくれた。なのに、私はお前の苦しみをどうすることもできなかった
。すまない。もう何を書いていいのか、分からん。
母さんのところに行って、暮せ。精二さんによろしく頼んでおいた、きっとい
い父親になってくれる。ダメな父親ですまなかった。感謝している、お前が息
子になってくれてうれしかった。
父』
「・・きったねー字だな」
「実はね、会うたびに遺書を新しいのを渡され、これに替えてくださいって言
われたんだよ」
「はは、小学生かよ」
俺は下を向いてまた泣き始めた。
葬式は静かに行われた、父は兄弟もなく既に両親もこの世にはおらず、親戚も
少なかった。会社の人が大半だった。母と精二さんと清子ネエが手伝ってく
れたが、もちろん母の親戚は来なかった。学校の先生たちが来てくれた。
俺は葬式が終わり遺骨を墓にしまうと魂が抜けたようになって、学校を一週間
ほど休んでしまった。毎日母が世話をしに来てくれた。引っ越しの準備も清子
ネエがやってくれた、ただエロ本を見つけた時はエロ本の中身を見て趣味悪い
わねと言われた。
そして家を引き払い、母の家へと引っ越したが、性と戸籍は変えず、死んだ時
は父さんの墓に入れてほしいと頼んだ時、母に理由を尋ねられて「その方が父
さんが喜ぶから」と言ったら承諾してくれた。部屋は依然清子ネエが使ってい
た場所を与えられた、ところどころ壁紙が破れているのが気になった。
家が佐藤の家と反対側になってしまったので一緒に学校には行かなくなった、
まあ、そろそろ西沢と二人で登校しろよと言おうと思っていたのでちょうど良
かった。
おばあさんに会いに父の死の2週間後に会いに行ったら、もう退院してしまっ
ていた、結局お礼が言えず心残りになってしまったが、瀬戸も退院していた。
しかし、瀬戸は学校にまだ来なかった。
精二さんに父さんと呼ばなくてもいいですかと尋ねたらいいよと言ってくれた
。
?
第三部 カレーくさい歩

 僕は自分の病気を悲しいと思ったことはない、苦しいとは思うけど、人と比
 べて、どうして僕は・・と思ったことはなかった。幼いころから病にかかっ
 ているからだろうか。
 ただお母さんやお父さんが悲しむのは辛かった。言ってあげたかった、僕、
 そんなに悲しくないよと、でも言えなかった、余計悲しむ気がした。でも僕
 は恵まれている、家族に、友人に、それはとても大切なこと、だけどそれも
 壊れてしまった。
 
 僕は高校生の時、体の病気だけじゃなくて心の病も患ってしまった、訪れた
 のは地獄だ。
 どんな病気かは言いたくない。
 学校は好きだから、あまり休みたくなかった。でも今はずっと休んでいる。
 朝日を部屋から今日も見つめた。
また今日も、あまり眠れなかったな。3時間かな。
睡眠薬、また、増やしてもらわなきゃ。
「裕太、朝よ」
母さんが呼びにきた。
「おはよう」
返事をする、あまり眠れなかったなんて言えない、そんな悲しいこと言えない
。
どうして、僕の朝日はこんなに悲しいのだろう。
母さん達の前では明るくしなきゃ。
「おはよう」
階下に降りて行き父さんに挨拶をした。
「おはよう」
父さんも母さんも優しい。妹の紗智はひきこもりで、中学には行っていない。
でも将棋の才能があって、最近将棋の棋士になりたいと話してくれた。紗智と
僕は仲が良くて、将棋を教えたのは僕だった、今では立場が逆転し僕が教えて
もらっている、紗智はネットで将棋の対戦をすることが多くなった、一日中対
戦しては帰ってきた僕にその日の結果を報告した、本当に嬉しそうだ。女流名
人のなんとかさんとネットで知り合った将棋相手の女の人が、今、尊敬する人
なのだそうだ。
「ごちそうさま。ごはん、持っていくね」
僕はそう言うと、紗智の分の食事を部屋まで運んだ、紗智は両親ともあまり会
おうとしない。唯一現実世界で話をする相手は僕だ。
「おはよう、紗智、ご飯だよ」
ノックをして部屋に入る。
「おはよう、お兄ちゃん、今日はよく眠れた?」
「ダメだった、今度先生に話すよ」

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