「定番だなー」
清子ネエが言った。
「定番ですね」
西沢が言った。
僕たちは海に来ていた、僕と藤田が海に行きたいと言ったのだ。僕たちの街は
海がないため海にあまり来たことがなかったのだ。この寒い中、海に来て清子
ネエと西沢は震えていた。僕と藤田は何をしているかというと貝殻拾いをして
いた。
「うお!これすげえ」
藤田が拾った貝殻を見て言った。
「これもこれも」
僕も珍しい(本当に珍しいのかは分からない)貝殻を拾い、見せた。
「ガキだなー」
清子ネエが言う。
「ガキですねー」
西沢も言った。
「海に落ちる雪も綺麗だなー」
「ですねー」
「でも限界だな」
「ですねー」
「おーい、マー君、さっちゃん、行くよ」
「ええー」
僕たちは揃って声をあげた。貝はビニール袋に入れて持って帰ろうとしたら、
清子ネエは車が臭くなるからダメと言って入れてもらえなかった、仕方なくせ
っかく拾ったのに置いていくことにした。
「どこに行きたい?」
清子ネエが車を運転しながら言った。
「朝飯!」
藤田が言った。
「忘れていた」
僕が言った。
「私もまだ食べていない」
西沢が言った。
車はショッピングセンターに向かうことになった。
夜7時頃、西沢を家まで送り届けて、僕らはどうするのか話し合った。
「僕、家に帰るよ」
僕は言った。
「俺の家にしばらく泊れよ、二人だから部屋余っているし」
「いや、いい、逃げてばかりじゃ始まらない、僕今日すんげー楽しかった、で
も楽しいことばかりに逃げていちゃダメだ」
「そうだね」
清子ネエが言った。
「うん、僕、立ち向かうことにする。なりたい自分になるよ」
「そっか・・・もう死なねえ?」
藤田が尋ねた。
「大丈夫、男の約束だ」
「よっしゃ」
「男の子はいいね」
清子ネエが言った。
「どうして?」
「そのうち分かるよ」
清子ネエは車を出した。
家に着いた。
僕は礼を言って玄関に向かう、玄関のドアノブ回そうとして握ったとき、な
かなか動かせなかった。清子ネエの言葉を思い出した、なりたい自分に・・
思い切ってドアノブを回した。中に入る、小さな声でただいまと言う。父親
が出てきた、後ろに母親もついている。
「何していた?」
「・・・」
何も言い返せなかった。視線のやり場所に困る。
「どこに行っていた?」
「どこでもいいでしょ」
小さな声で言った。
「何故、部屋を出た?」
「・・・」
「何故、約束を破った?」
「・・あんなの約束なんかじゃない、ただの命令です」
僕は真っ直ぐ対峙した。
「父さんは僕にどんな人間になって欲しいのですか?」
「・・人に迷惑をかけない人間だ」
「そんなものこっちから願い下げです、僕は自分のなりたいようになります」
「それはどんな人間だ?」
「・・生きていることを誇りに思える人間です」
「・・勝手にしろ、お前には落胆した」
そう言って父親は去って行った。母さんは父親の後を追った、もっとちゃんと
叱ってくださいなどということを言っている。僕は黙って自分の部屋に向かっ
た、ふーと息を吐いた。
緊張した、何とか言えたよ、清子ネエありがとう。藤田、西沢ありがとう。
僕は机に向かうと勉強を始めた。大学に行きたいと思ったのだ。しっかり勉
強して自分が行きたいと思える大学に行こう、そして清子ネエみたいな人間
になろう。
頑張って生きよう。
自宅謹慎が終わり久しぶりに学校に向かおうとすると、外に西沢が待ってい
た。
「こんな寒い中待っていたの?」
「ううん」
首を横に振った。
「さっき、来たとこだよ」
「とりあえず、早く行こう」
「うん」
西沢は電車通学だから自転車に乗っていない。駅から歩いて来たのだ、遠く
なるのに。僕は自転車を押して歩いた。
「藤田のところ寄って行くけどいい?」
「うん、あの・・今日遊びに行っていい?自宅謹慎の間の分の授業のところ教
えたいの」
「ああ、うん、いいよ、ありがとう」
藤田の家に着き、インターフォンを押した。藤田が出てくるには数分かかった
。出てきた瞬間に発した言葉がこれだった。
「おお、やるねえ」
「ごめん、私邪魔だった?」
「全然。いつも男だけだから、むさ苦しかったんだよ、たまには女の子もいな
きゃね」
「僕の彼女だぞ」
「気にしない、気にしない」
教室で僕と西沢が仲良く話しているのを見て、みんなが驚いていた。近藤先
生に「大学に行きたい」と告げた、「学部はじっくり考えたい」と言ったら
、「いいよ、じっくり考えろ」と言ってくれた。
一回だけ雪が降っただけであっけなく冬は終わった。春がきて僕らは3年生
になった、受験生だ。
第二部 俺と親
「マー君」
声の方を向くと清子ネエが立っていた、俺達は春がきて3年生になった、運
良くまた佐藤と同じクラスになれた、瀬戸と西沢も同じクラスだ、ついでに
言うと白木もだ、本当についでだけど。
「おはよう、清子ネエ」
そして清子ネエは正式な教師になった、俺たちとの時間が楽しかったからと言
っていた。正直嬉しい。俺達のクラスの副担任だ、もちろん担任は近藤先生。
「学校でマー君はないでしょ」
「マー君はマー君だよ」
清子ネエは笑った。綺麗になった、昔と比べると大違いだ。高校の頃の清子ネ
エは荒れていた、いろいろあったみたいだ、会ったときまともに目を合わせて
くれなかった。今は変わった、落ち着いている。
「母さんからまた連絡あった?」
「・・・うん」
母親はここ最近頻繁に連絡をよこしてきた、父さんが仕事でいない時間に家に
電話をかけてきた、最近になると家まで直接来るようにもなった。仕事を辞め
たらしい、再婚相手が高収入だから、もう仕事をする必要がなくなったようだ
。佐藤には今の父さんのところにいるつもりだと話したが、時間がたつにつれ
、その決心は揺らいでいった。どうしたらいいのだろう、毎晩布団の中に入る
と考えた。
「マー君が自分で好きなように決めていいから」
「うん、分かっている、大丈夫だよ」
「でも、今は進路とか考えなきゃいけない時期だし、難しい年ごろでしょ」
本当に難しい年ごろだ、自分で実感していた。
チャイムが鳴った、清子ネエはじゃーねと言って去って行った。俺も教室に戻
る。
毎年のことだけど教室の窓の外では桜がきれいに咲いていた。窓際の俺はいつ
も桜を眺めていた、全然飽きなかった。母親にいつもはっきりと返事をするこ
とができなかった、いつももう少し考えさせてと、結論を保留にしていた。父
親も好きなようにしろと言っている、もう大人だからなと。できるなら残って
くれとか少しは言ってほしかった。子どもの自由意思とかいうやつ?そんなの
実は少しもない、だって意志に見合うだけの力を備えていないのだから。俺達
は無力だ。隣の席の佐藤を見た、佐藤はすらすらとノートを取っている、佐藤
はこの前勇気を出した、変わりつつある、俺はうらやましかった。佐藤はもの
すごく勉強するようになった、西沢と仲良く勉強しているのかというとそうで
ない、一人で勉強している。勉強は一人でするものだと言っている、行きたい
大学に行けるだけの学力はつけたいと。すげー、やっぱり、佐藤はすごい。
それに比べて俺はあまり勉強しなくなった、どんどん学力が下がっている、な
ぜか勉強する気になれないのだ。近藤先生に言われた、このままじゃやばいぞ
って、国立は難しくなるぞって。うーん、難しい年ごろか。勉強している場合
じゃないのだけど、俺も勉強しなくちゃ。
チャイムが鳴って授業が終わる。昼飯だ。最近は瀬戸も一緒に食うようになっ
た、佐藤には西沢と食えって言っているのだが、恥ずかしいのだと。お子ちゃ
まだ。
瀬戸は食事前にも薬を飲むようになった、訊けば頭痛がひどいのだと、食後の
薬の量も増えたみたいだ、見ていて痛々しい。友人が苦しむのは嫌だ。
弁当は自分で作っている、だから俺の弁当は雑だ。色のバリエーションが少な
い、なんか見た目的に黄色っぽい、玉子焼とかたくあんとかばっかり。瀬戸が
いつもそんな俺におかずを分けてくれる、食欲がないのだと、食わないと元気
出ないぞって言ったら、ごめんて謝ってきた、残すと母親が悲しむから、ごめ
んだけど食べて欲しいと。瀬戸の母さんのおかずは美味かった。でも食べてい
るとき、いつも瀬戸のお母さんに申し訳なくなる。
そんな瀬戸が最近学校をよく休むようになった、学期初めに委員長決める時
も立候補しなかったし、推薦されても断っていた、俺は瀬戸が委員長になって
欲しかった。
「最近、親父さんとの関係はどうだ?」
俺は佐藤に尋ねた。
「うー、一進一退てところかな」
佐藤がウィンナーを食べながら言った。
「親父より、母さんがちょっとな」
「ちょっとなんだ?」
「うざったくて無視しているんだけど、そろそろ限界みたいだ」
「大変だね」
瀬戸が言った。瀬戸の箸を持つ手が震えているのに俺は気付いた。
「・・瀬戸」
「何?」
「大丈夫か・・手」
「ああ、ごめん、ちょっと薬の副作用でね、安心して」
「そっか」
安心できるかよ。俺は瀬戸が心配だった、できるなら佐藤みたいに全部話して
ほしかった。瀬戸は目で見て分かるほどに元気が無くなってきていた。衰弱し
ているのか?
「瀬戸・・母さん優しいか?」
俺は思い切って聞いてみた。
「うん、優しいよ、お母さんも、お父さんもね」
「そっか」
もう言葉が出ない、これ以上何が言えるってんだ、畜生。
「話せないか?」
佐藤が言った、まっすぐ瀬戸の目を見つめていた。
「・・うん、ごめん」
「いいよ、無理すんな、ずっと側にいてやるから、安心しろ」
今度は瀬戸の目を見ずに言った。
「俺も」
俺は言った。
「俺も同じだから」
瀬戸の目を見る。
「・・・うん、ありがと」
なぜか瀬戸は少し辛そうにした、何がいったいあるんだ、何をいったい思って
いるんだ。できるなら話してほしい、その腕の傷も。
「佐藤君は、そのお弁当、西沢さんが作っているの?」
瀬戸が尋ねた、話題を変えたかったのだろう。
「ちゃうよ、西沢の家いろいろと忙しいから」
「そうなんだ」
「うん」
「藤田君は偉いね、自分で作って」
「偉くないよ、仕方なくやっているだけだし」
「・・ごめん」
瀬戸が謝った、しまった、きつい言い方しちまった。
「謝らなくていいぞ、悪い、言い方きつかったな・・俺さ」
「?」
やっぱり、ちゃんと言わなきゃ。
「俺、迷っているんだ、母親のところに行くかもしれない」
「お前、この前今の父親のところにいるって」
佐藤が言った。
「うん、でもちょっと迷っている」
「お母さんのこと好きなの?」
瀬戸が尋ねた。
「・・分からん、小さい頃別れてそのままあまり会ってないし」
「お父さんのことは?」
また瀬戸が尋ねる。
「嫌いじゃないよ、良い人だし」
「結婚したのに勝手に別れて、子どもに辛い思いをさせるなんて、最低だと思
う」
佐藤が言った。
「俺は、仕方なかったのだと思う。夫婦喧嘩とかすごかったし、あのまま別れ
なかったらかなりヤバかったと思う。相性悪かったんだよ」
「藤田・・」
学校帰りの途中、俺は佐藤が駅まで西沢を送るので途中で佐藤達と別れた。家
の前まで自転車を滑らせていくと、驚いた、母親が家の前に立っていた。
「おかえり」
笑顔で話しかけてくる、待ち伏せは初めてだった。いつから待っていたのだろ
う、雪の日の俺と姉さんの待ち伏せといい、待ち伏せは血筋なのだろうか。
「いつから待っていたの?」
「ついさっきよ」
嘘だ。離婚してから、正直言うと母さんと清子ネエに会える日がすごく嬉しか
った。父さんには悪かったけど。でも最近こうして会うのが嫌になってきた。
しつこいのだ。
「今日はご飯を一緒に食べようと思ってね」
「父さんがいるからダメだよ」
「許可はとってあるわよ」
「何て言っていたの?」
「遅くならなければいいって言っていたわ」
「そう」
「自転車置いてきなさい、車で行きましょう」
「本当に遅くならないよね」
「大丈夫よ」
「分かった」
俺は自転車を置いて、車に乗った。母さんの運転は丁寧だ、父さんは少し荒い
。ラジオが流れている、父さんは運転しているときにラジオはかけない。窓の
外を見つめながら訊いた。
「母さんと父さんはどうやって知りあったの?」
自分の出生のルーツを探ってみたかったのだ。
「言いたくないわ」
「後悔しているの?」
「ええ」
「そう」
俺を産んだことも?
「お父さんには訊いてみたの?」
「訊けないよ」
「そうでしょうね」
「今日は清子ネエも一緒?」
「違うわよ、あの子最近学校の先生たちと飲んでくることが多くて、いつも帰
り遅いのよ、清子は学校ではどう?」
「どうって言われても・・人気あるよ、教え方も上手いし、教師向いているね
」
「そう、良かったわ」
あの雪の日も助けてくれたし、本当に教師向いていると思う。他の先生とも仲
良くやっているんだ。もしかして、もう結婚とかするのかな、してもおかしく
ないけど、なんか嫌だな、結婚したら。
車はマンションの駐車場に入って行った。
「どこに行くの?」
「ここよ」
車を停める。俺はしばらくじっとしていた。まさか・・・
「まさか、再婚する相手の人?」
「そうよ、再婚する人よ、今日休みだから。一度会っておいた方がいいでしょ
。お父さんになるかもしれないのだから」
母さんの言っていることは正論だ、確かに会っておいた方がいいと思う、でも
いきなりはないだろ。
「ちゃんと、前もって言ってよ」
「ごめんね、マー君逃げちゃうかと思って」
・・マー君てまだ呼ぶし。
「逃げないよ」
自分は結構肝が据わっている方だ、だから逃げなかったと思う。
「行きましょう」
そう言って母さんは車から出た、仕方ない、俺も出る。マンションを見て思っ
たことは、すげー・・高校生でも、かなりの高級マンションだということは分
かった。本当に高収入なんだな。
玄関ホールで暗証番号のボタンを押して、オートロックの入口を入っていく。
エレベーターはどんどん上がっていく、最上階に着いた。ドアの前まで行くと
インターフォンを押さずに鍵を開け入って行った、仕方ない、そう思い、あと
に続いた。
「精二さん」
母親が居間で本を読んでいた人に声をかけた、男の人は振り返る。驚いた、す
ごく若い人だ。清子ネエとそんなに大差ないのじゃないか。とても誠実そうな
人だった。
「早かったですね、初めまして、まこと君」
俺は頭を下げる。
「二人ともお腹空いたでしょ、料理作るわ」
そう言われると、お腹が空いてきた、まだまだ高校生だから、こういうときは
すぐお腹が空く。久しぶりの母さんの料理だといっても、実を言うと母さんの
料理はあまり覚えていない。離婚した後は会うときはいつも外食だったから、
会うたびに何が食べたいと訊かれるのだけど、いつもなんでもいいと言って、
清子ネエが食べるものを決めていた。
「手伝いますよ」
そう言って精二さんはエプロンを出した。
「俺も」
そう言って台所に立った。広い台所だ、部屋もいくつあるのだろう。ふと精二
さんの読んでいた本を見ると英語で書かれている、洋書だ、すごい。何もかも
がすごい。今まで生活してきた世界とは別世界だ、こんな世界に自分が接する
なんて思っていなかった。
いろいろ話をしながら料理を作った、俺が面白いことを言うたびに精二さんは
優しく笑ってくれた。精二さんは柔和な人だった、今の父さんは武骨な人だ、
精二さんみたいに笑ってくれるなんてことはまず無かった。包丁の扱いが上手
いと褒めてくれた、こんなことも今の父さんは言ってくれない。
「いつも自分で料理しているの?」
そう訊いてきた。
「はい・・父さんと一緒に」
「そう、昔の私はいつも一人で作っていたから、うらやましいよ」
そうなんだ。精二さんは若い割にはとても老成しているような気がした。優し
い人、それが第一印象だ。
「精二さん、味見してください」
母さんが言う。
「はい・・・いいと思いますよ」
仲いいな、変な遠慮とか全くない。下ごしらえがしてあったので料理は短時間
で済んだ。すごく豪華だ。
「おいしそうだね」
精二さんは言った、こんなことも父さんは言ってくれない。
夕食は楽しかった、すごく楽しかった。でも俺はだんだんと悲しくなっていた
、楽しいから悲しいのだ。今の父さんとの生活とつい何でも比べてしまった。
父さんとの生活にはこんなことない、その繰り返しだった。
「ありがとうございました」
別れる時そう言った。
「こちらこそ、ありがとう、楽しかったよ。また来てね」
「はい」
また来ることになるのかな。
車の中、どうだったと母さんが訊いてきた。
「楽しかったよ、良い人だね・・再婚は正解なんじゃないかな」
「そう言ってくれて嬉しいわ」
「うん」
「こっちに来たくなった?」
「・・・分からない」
「そう、ゆっくり考えればいいわ」
母さんは無理に何かを言うわけではなかった、かえってそれが辛い。でもそん
なこと母さんは気付いてくれない。自由意思とかいうやつ?俺はまだそこまで
成長していない。
「・・姉さんはどうなの?」
「清子は関係ないわ」
「どうして?」
「あの子、家を出るのよ」
初耳だった、清子ネエは一言もそんなこと言ってなかった。
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