「何?」
 僕はテレビ画面を見つめながら言った。
 「雪が降ったらてやつ」
 清子ネエはゲームをしながらこちらを見ずに言った。
 「・・・本気だよ」
 僕は清子ネエを見て言った、清子ネエは振り向かなかった。
 「・・そっか、からかわれているのかと思ったのだけど、本気か。あのさ」
 今度は、清子ネエはこちらを向いた。
 「白木君、ナルシストだよねー」
 「そうだね、あいつモテルからね」
 そう言いながら、僕はベッドに横になったままコントローラーに手を伸ばし
 ゲームに参加した。
 「小泉さんはかわいいよねー」
 「そう?まあ結構モテルみたいだからね」
 小泉は僕が知っている数少ない女子の一人だ、モテルのは清子ネエの方だろ
 うと思った。
 「私さー、実は生徒からラブレターもらっちゃってさ」
 「マジ?」
 「うん、マジマジ、それで困っているの」
 「・・彼氏いるの?」
 「いないよ、でも断ると思うけど、なんて言ったらいいのか分からなくて。
 さっちゃんは何で断ったの、西沢さんかわいいのに」
 「好きじゃないから」
 「好きな人いるの?」
 「・・清子ネエのこと好きかも」
 僕は淡々と言った。清子ネエが大人じゃないって分かってから、なんだかそ
 ういう気がした。
 「そっかー」
 少しの沈黙の後清子ネエは答えた。
 「付き合ってほしいとかじゃないから安心して」
 「うん、ありがとう」
 「どういたしまして」
 僕らはそれからクラスの人間の批評をしながら、一時間ぐらいゲームをした
 。
 きりのいいところで清子ネエは立ちあがって言った。
 「よし、それじゃ、行くか」
 「うん、またね」
 「何言っているの?さっちゃんも行くんだよ」
 「どこに?」
 「西沢さんの家」
 「ええ、嫌だよ」
 「ダメダメ、ほら」
 そう言って清子ネエは僕をベッドから引きずり下ろした、仕方なく僕は上着
 を羽織った。母親に清子ネエが相手の方のところに謝りに行きますと言って
 、僕たちは車に乗った。
運転しながら清子ネエが言った。
「実は近藤先生に言ったの、私がさっちゃんを西沢さんの家に連れていくって
」
「これが目的で来たの?」
「それは口実、話がしたくて来たの」
 「ふーん、清子ネエさ」
 「何?」
「先生になるの?」
「たぶんならないよ」
「そっか、向いていると思ったのに」
「うーん・・学級委員長の瀬戸君さ、何であれしているか知っている?」
「リスカのこと?」
「うん」
「知らない、タブーな気がして、瀬戸はいいやつだし」
「謝った?」
西沢を掴む手を止めた時の発言のことか。
「・・・謝っていない。今日一緒に帰ったけど」
「いいねえ、言葉じゃなくても伝わる相手がいるってのは」
「うん」
僕は素直に頷く。
「この歳になるともうそういうのなくなるからね、まあ言葉に出すってのが大
事な場合の方が多いのだけど。西沢さんがそういう場合だね、着いたよ」
僕は外に出た、西沢ってアパートに住んでいるんだ。
古いアパートだ、正直言うと外観は汚い。日は沈み、もう薄暗くなっていた。
西沢という表札のところまで来ると清子ネエはこちらを向いた。
「心の準備はいい?」
「・・・うん」
インターフォンを押した。
年配の女性が出てくる。
「すみません、わたくし西沢さんのクラスの副担任の吉本です、今日はお詫び
に参りました」
僕は頭を下げた、予想もしない言葉が返ってきた。
「何の事ですか?恵理に何かあったのですか?」
「え?・・・・恵理さんから何も聞いていないのですか?」
「はい・・恵理、ちょっと、先生がいらっしゃったのだけど」
女性は恵理を呼んだ。西沢が出てきた。
「ああ、お母さん、ごめん、先生と二人で話したいから」
「恵理、何かあったの?」
「たいしたことないよ」
そう言って西沢は玄関を閉めた。
「西沢さん、あなた、お母さんには自分で伝えるって」
「ごめんなさい、私の家は母子家庭だから余計な心配はかけたくなかったんで
す・・」
目が真赤だ。
「・・・」
僕は言葉を発することができなかった。
「佐藤君・・ごめんなさい」
なんで謝るんだ、僕が悪いのに。
「西沢、ごめん、僕・・」
うまく言葉にならなかった。正直会う前は簡単に謝って済むものだと思ってい
た。むしろ、悪いのは西沢だと思っていた。僕は、僕は本当にどうしようもな
いガキだ、最低なガキだ。自分が悔しかった。
 清子ネエは西沢と僕の肩に手を置いた。 
 「二人で話する?」
 「はい」
 と西沢は答えた。僕も首を縦に振った。
「こっち」と西沢はアパートの横のブランコに連れて行った。ブランコに僕た
ちは座った。
「ごめんね、自宅謹慎なんかになっちゃって」
僕は首を横に振る。
「悪いのは僕だから、仕方ない」
「私、取り消してもらうように言ったんだけど、教頭先生が、みんなも見てい
たし、それはできないって」
「うん」
「私、馬鹿だから、他に好きな人いないって聞いて、友達になってもらえるっ
て聞いて、特別な存在になるんだって勘違いして、みんな喜んでくれて、嬉し
くて・・だからあんな状況になっちゃって」
「うん」
「怒って当然だよね、ハハ。あたし馬鹿だから怒られて当然だよね」
「そんなことない、馬鹿なのは俺の方だよ」
「わたし、もう好きじゃなくなっちゃった、ごめんね」
「謝らなくていいよ」
「行こうか」
西沢は立ち上がり歩き出した、西沢の座っていたブランコが揺れる。数歩歩い
て西沢は立ち止まった。肩が震えている。
「ごめん、嘘だよ・・」
「・・・」
僕は何が嘘か分からなくて言葉を待った。
「まだ・・好きだよ、一年生で初めて会ったときから、好きだった。いつも気
付くと視線は佐藤君のことを追っていた。友達にはすぐばれた、でも告白する
勇気は持てなかった。友達に無理にそそのかされて今日告白することに、私緊
張して何も話せないだろうから手紙にした」
「西沢・・・」
「ずっと好きだったのに、簡単に諦めることなんてできないよ」
涙声だった。
「お願いです、友達になってください」
僕はもう後悔したくない。
「友達は嫌だよ」
「そうだよね、ごめ・・」
「恋人になろう」
この人を守りたい、死ぬほど好きになってくれたこの人を愛したい。
驚いて西沢はこちらを向いた、ブランコから僕は立ち上がった。
西沢は泣き始めた。
「泣かなくていいよ」
「でも、でも・・こんなこと起こらないと思っていたから」
「そっか」
「あのね・・想像したことはあるんだよ、付き合ってもらえるようになるのを
。でも現実に起こるなんて思わなかったよ」
僕はハンカチを取り出しそっと西沢に渡した、そしてぼそっと言った。
「短い時間になるだろうけどごめんな」
「え?何て言ったの?」
「いや、何でもない」
月がそっと僕らを照らした。二人が座っていたブランコが仲良く揺れる。
「おつかれ、西沢さん大丈夫?」
清子ネエが僕たちを迎えた。
「はい、大丈夫です」
西沢は笑顔で答える。
「本当に親には伝えなくていいのか?」
「はい」
「じゃあ、近藤先生には私が伝えて謝っておいたってことにしとくよ」
「ありがとうございます」
「それじゃ、帰るか、さっちゃん」
「さっちゃん?」
西沢は不思議そうな顔をした。
「幼馴染なんだよ」
僕が言った。
「そうなの?」
「うん、じゃあ、おやすみ」
そう言って別れた。
車の中で言った。
「僕西沢と付き合うことになったから」
「おおー、早速浮気か?」
「そんなんじゃないよ」
「わたしのこと好きって言ったくせに」
「僕のこと、本気で好きになってくれた、こんなの初めてだよ、だから精一杯
応えたい」
「そっか、がんばりな」
「うん、もう、あまり時間ないけど」
「・・そうだね」
家に着いた。
「今日はありがとう」
僕は言った。
「いいよ、それじゃ、おやすみ」
「うん」
家に入り
「ただいま」
そう言うと父親が出てきた。最悪だ。
「聞いたぞ、どうして、そんなことしたんだ?」
僕は黙った。
「何も返事をしないのか?」
握りしめた拳から汗が落ちる。
「すみません」
「言うことはそれだけか?」
この人は嫌だ、幼いころから僕を圧迫し続けてきた。大人が嫌いになったのは
この人が原因だ。そして一番嫌なのはこの人には絶対勝てないということだ。
「申し訳ありません」
「それで、他に言いたいことはあるのか?」
「いえ」
「部屋に戻って反省していろ」
「はい」
「いいというまで当分の間出てくるな」
「はい」
僕は部屋に入るとベッドに身を預けるように横になった。おなか空いたな。
父親は僕にとって絶対の存在だった。小さい頃から恐怖の対象だった。あの人
はいつも僕に不満を言い続けた、いつも怯えていた、しかし仕方ない。そうい
う関係なのだから。
「もうすぐ解放される」
そう呟いて僕は窓の外を見た。
早く降ってくれないかな。

3日経っても、部屋を出る許可は下りなかった、出られるのはトイレの時だけ
。食事は朝と夜運ばれ、昼は与えられなかった。ずっとTVゲームをしていた
。飽きると本を読んだ。
毎日藤田と瀬戸が来ているようだが会わせてもらえなかった、代わりに持って
きたプリントだけ食事と一緒に運ばれた。
四日目、朝七時に目が覚めると、もしかしてという予感がした。カーテンを開
けた。銀世界だ、とうとうこの時がやってきた。解放の時だ。西沢ごめんな、
僕死ぬ、ごめん。好きて言ってくれてありがとう。そう呟いて、外に出る用意
をした。温かいコート、手袋をして、親にばれないように外に出た、遺書はな
い、あの両親に置いていく言葉なんかなかった。藤田と清子ネエにはもう死ぬ
って伝えてある。瀬戸には藤田が話してくれるだろう。唯一気がかりなのは西
沢だ。ありがとうと伝えたかった、でも仕方ない。泣かせたらごめん。まだ雪
は降り続けている。久しぶりに出る外だ。脚が少しふらつく。踏みしめた雪が
ザクザクと音を立てる、けっこう降り続けていたみたいだ、だいぶ積もってい
る。綺麗だ、どんな音も雪に吸いこまれている、僕は空を見上げた、もうすぐ
終わるんだ。
飛び降りるビルは決めてある。そこまで生をゆっくりと呼吸していこう。ふい
に泣きそうになった。
五歩ぐらい歩いたところで急に懐かしい声が聞こえた。
「よう、待たせやがって、3時間、待ったぞ」
藤田だった。
「風邪ひかせる気かよ」
藤田の肩と頭には雪が積もっていた、雪だるまみたいになっている。
「見送りに来たのか」
「違う」
「お別れ言いに来たのと違うのか」
「ちげーよ、あのさあ・・・」
と言いながら近づいてきた。
そして拳が僕の顔面に直撃した。僕は雪の中に倒れて目をパチクリさせた。
「いってぇ、何だよいきなり」
「『何だよ』はこっちの台詞だ!」
「?」
「死ぬとか簡単に言うなよな」
僕は立ち上がり代わりに殴ってやった。藤田はよろめいた。
「あいにく、雪合戦している暇はないんだよ!」
僕は言った。
「そんなもん、したくねえよ」
また殴られた。今度は倒れなかった。
「雪が好きだから死ぬだと、馬鹿かお前!」
「馬鹿はお前だ!」
また殴ってやった。今度は藤田が雪の中に倒れた。
僕ははあはあと肩で息をする。
「馬鹿だよ、俺は馬鹿だ、お前の気持ちずっと考えていた、でも分かんねえよ
!他人だからな!」
立ち上がりタックルしてきた。僕は倒れ馬乗りにされた。
「他人ならほっとけよ!」
僕は痛さに耐えながら言った。
もう一発殴られた。
「お前を待っている間どう止めようか考えていた、でも考え付いたのはこれだ
、お前を殴ってやるしかねーてな」
もう一発殴られた。頭にきた僕は体を回転させてこっちが馬乗りの状態にして
やった。そして一発くらわせた。
「関係ないだろ、ほっとけよ!」
「関係ないとか言うな!!」
大きな声で叫ばれて僕はひるんだ。
「関係ないとか言うなよ、お前に俺死んでほしくねえよ、そんなの嫌だ」
「なら、どうしろって言うんだ?僕に生きろって言うのか?こんな苦しい生き
方しかできない僕に・・」
「・・」
「頼むから、死なせてくれ、お願いだ、もう終わりにさせてくれ」
「・・佐藤」
「こんなのもう嫌だ。苦しいんだ」
僕は泣いていた。
「・・お前」
藤田は辛そうな顔を浮かべた。
「何しているんだ、お前たち!」
父親だ、見つかった。
「誰が部屋から出ていいと言った!」
「あんたがいるからだ!」
立ち上がり藤田が叫んだ。藤田・・・
「あんたが佐藤を苦しめているんだ、あんたが佐藤をぼろぼろにしているんだ
」
「もういい、藤田、もういいんだ」
そう言って僕は藤田を止めようとした、でも藤田は僕の手を払いのけた。
「行くぞ、佐藤」
そう言って藤田は僕を引っ張った。
「どこに?」
「こんなところに居ちゃだめだ、違う場所に行こう」
そんなこと言っても、僕は子どもだ、逃げ出してもいずれここに戻って来なき
ゃならない。
「待て!」
藤田は無視した。
突然前に止まっていた車がクラクションを鳴らした、窓からも見覚えのある顔
を出した。清子ネエだ。雪が積もっていて分からなかったけど清子ネエの車だ
ったんだ。
「清子ネエ」僕たちは口をそろえて言った。
「乗って」
清子ネエは言った。
藤田は僕を無理やり車に押し込んだ。藤田も乗ると清子ネエは車を発進させた
。
追いかけてくる父親の姿がどんどん小さくなっていく。
「清子ネエ、いつからいたの?」
藤田が尋ねた。
「昨夜からだよ、途中でマー君見つけたよ」
「乗せてよ、めっちゃ寒かったんだから」
「あはは、かわいい子には旅させよってね」
「ひっでー」
「で、どう、まだ死にたい」
「・・・あの家に戻らなきゃいけないなら」
「さっちゃん、さっちゃんはまだ幼いから分からないだろうけど、家と学校だ
けがこの世の全てじゃないんだよ」
「・・・」
「幼い時は私もそう思っていたけど、大きくなれば世界は変わるよ、それに人
は変わっていけるよ」
「・・」
「私も大学入るまではずーっと死にたいと思っていた」
「大人になりたくないんだ、大人は嫌いだ」
「えらそーなこと言うかもしれないけど、大人なんていない、私も近藤先生も
さっちゃんの両親も子どもだよ、大人になりたいと思っていてもなれない子ど
もなんだ」
「・・」
「ただ、大人ぶっているだけ、成長したなーとか思ってもそれは少しだけ、幼
いころと変わったなーと思ってもそれもちょっとだけ。よくよく本質を見れば
全然子どものときと同じなの、えらそーなこと言ってごめんね」
「でも僕は両親みたいになりたくない」
「なら、ならなければいいさ」
「え?」
「なりたい人間になればいいよ、難しいけどね」
「清子ネエ、言っていること矛盾してるよ、本質が変わらないのに、なりたい
人間になるなんて」
藤田が言った。
「あはは、良いところに気付いたね、そう、矛盾しているのが人間なんだよ、
1+1が2にならないのが人間だよ」
「数学教師が言う台詞じゃないね」
藤田がまた言った。
「ごもっともです、着いたよ」
「ここは・・・」
西沢の住んでいるアパートだった。
会いたい、実は部屋の中にいるときからずっと思っていた。急いで車から出て
西沢のところに向かった、迷わずインターフォンを押す。
「はーい」
「どなた?・・・」
西沢本人が出てきた。僕は抱き寄せた。そして耳元で囁く。
「会いたかった」
「・・佐藤君」
西沢は頭を僕の胸に寄せた。
「すごい、心臓の音が聞こえる」
「ドキドキしているでしょ」
「うん、でも近所の人に見られちゃうよ」
「お母さんは?」
「もう仕事に行ったよ」
「そう」
「自宅謹慎はどうしたの?」
「不良教師たちが連れて来たんだよ」
「不良教師?・・ああ、吉本先生?」
「うん、もう学校行くところ?」
僕は尋ねた。
「今日、日曜だよ」
西沢が答える。
「あ、そっか」
僕たちは車へと向かった。車の中に入ると藤田は西沢を連れてきたことに驚い
た。
「喧嘩中じゃなかったのか?」
「仲直りしたんだよ、ついでに正式な恋人になった」
「ついではひどいなー」
西沢は笑った。
「さて、ダブルデートに行きますか」
「ダブル?清子ネエたちそんな仲になったの?」
僕が尋ねる。
「今日だけだよ」
清子ネエは答える。藤田は少し顔を赤くした。
車は積もった雪を払いのけながら発進した。

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