「・・・どうして?」
「雪が好きだから、だから・・かな」
長い沈黙の後藤田は窓の外に視線を移して言った。
「そっか」
「うん」
藤田はそれ以上何も言わなかった、馬鹿野郎も大丈夫かもない。藤田はすご
い。
「なんか、教室戻るのめんどいな、もう授業始まっているし、サボるか?」
と藤田が言った。
「まじで?」
「まじで」
藤田も僕も授業をサボったことなんかなかった。でも今は不思議とそういう気
持ちになった。
「どこ行く?」
僕はドキドキしながら言った。
「あそこの通学路の途中にあるショッピングセンターは?」
「いいね。よっしゃ、行こう」
この日、僕らは初めて授業をサボった。悪いことをしているという気持ちはず
っとあったが、それ以上に爽快感があった、解放された、そんな思いがあった
。ショッピングセンターに行ってもお金はあまり持っていないので特別何かを
買うわけじゃなかったが、いろんな店を見て回った、楽しかった。結局教室に
戻ったのは昼休みだった。清子ネエが女生徒と一緒に食事をしていた。瀬戸が
「どうした」のと聞いてきた。
「授業サボって、ショッピングセンターに行っていた」
瀬戸は学級委員著だが、告げ口するような奴じゃないということは分かってい
る。友人には義理がたいやつだ。
「すごいね」
瀬戸と藤田と飯を食いながらサボった時のことを楽しく話した、瀬戸はすごく
興奮していた、欲求がたまり過ぎているのじゃないだろうか。いつも以上に饒
舌で、そのときの気持ちを異常に質問してきた。今度サボる時は瀬戸も仲間に
入れてやると言うと瀬戸は急に顔を暗くした。
「僕はダメだよ、学級委員長だし、親に迷惑かかると嫌だし」
リスカしているやつの言うセリフに思えなかった。
「瀬戸、リスカしているくせに怖いのか?」
「そうじゃないよ、怖くないよ、それにリスカは別だよ」
「なんだよ、つまらないやつだな」
こう言いながらも僕は瀬戸の気持ちはなんとなく分かった、リスカをなぜして
いるのかよくわからないけど、それとこれとは別の問題だ、瀬戸が抱えている
問題はきっともっと深いものだろう。
「ところで、瀬戸、将来何になるつもりなんだ?」
「僕は家の酒屋を継ぐつもりだよ」
「お前の家酒屋なの?」
「じゃあ、大学は?」
「できれば・・・S大学に行きたい」
清子ネエと同じ大学だ。
「なんでS大学なの?」
僕は尋ねた。
「家から通えるから、店の手伝いしながら大学行きたいんだ」
ちゃんと考えているのだと僕は感心した。
「下宿する金ないから、親にもS大学にしろって言われた」
なんだ、こいつも結局大人の言いなりか。僕のさっきの感心はどこかにいって
しまった。
「あんまり、親のこと好きじゃないけどね」
なら・・・
「なら、親の言うに従わなくていいだろ、好きな所に行けよ」
僕は言った、でも言ってから後悔した。
「悪い、勝手なこと言って、お前にはお前の事情あるよな」
「いいよ、言いたいこと言ってくれて構わないよ、確かに僕は親の言いなりに
なってしまっているだけなのかも」
食べ終わった瀬戸は、薬を取り出した、大量の薬を一度に飲んだ。
「それ、何の薬か聞いていいか?」
「うーん、ちょっと答えづらいね」
「そっか」
「佐藤君はどこの大学に行くの?」
「・・・僕はまだ決めてないよ、大学行かないかも」
「働くの?なんだかうらやましいな、僕は大学にまで行って勉強したくないよ
、藤田君はどうするの?」
「大学行くよ、どこの大学か決めてないけど・・できれば国立に行きたい、け
ど俺の偏差値じゃちょっとな」
みんな大学に行くのだ、実際クラスメイトの中で働くと言っているのはごくわ
ずか、それも大学に行くように説得されている。お金がないというやつは奨学
金制度があるからと言われる。どうして勉強したくない奴まで大学に行かなき
ゃならないのだろう。知り合いに大学に行っている人もいるけど全然勉強して
ないらしい。遊ぶだけなら行かなきゃいいのに。
「佐藤君、ちょっと」
後ろを振り向くと呼んだのは女子だった、3人いる、誰だろう、同じクラスな
のに名前は覚えていなかった、実はクラスの男子は覚えているけど、女子は数
人しか覚えていなかった。こんなこと言っちゃ失礼だろうけど、みんな同じ顔
に見える。
「ちょっと来て」
僕は立ち上がる、まだ飯食っている最中だけど。なんか嫌だな、どうしてこい
つらいつも、薄っぺらい友情のくせに親友みたいに集まっているのだろう。
弁当箱を持ったまま僕は校舎の外に連れて行かれた。寒いんですけど。逃げた
い。そのまま人通りの少ない校舎裏へ、もしかしてリンチ?
一人の女の子が立っていた、同じクラスメイトだけど名前は知らない。手には
手紙が、あーなるほど、そういうことね。
僕はその女の子の目の前に立たされた。なんだよ、こいつら、もー。
女の子は黙って手紙を差し出す。
「了解、白木にちゃんと渡しておくから」
僕はそう言って立ち去ろうとした。3人が立ちはだかった。
「違う!」
すごく怖かった、いったい何なのこいつら。
「手紙読んで」
僕は弁当箱片手に手紙を読む・・・手紙は僕宛てだ、困った、どう答えたらい
いのか、これじゃリンチだ。直接言えばいいのに、なんで手紙なんて回りくど
いことするのだろう。僕は中学までは好きな人がいた、でも好きになって数ヶ
月後、気づいた、ああ、この人自身を好きじゃなくて、好きな人というものを
この人に重ねているのだと、本当は好きじゃないのだって。気付いてから僕は
誰も好きにならなくなった。楽で良かった、誰かを好きになるってすごく疲れ
るから。きっとこの子も俺のこと全然知らなくて、好きという気持ちを重ね合
わせているのだな。なら気付かせてやるか・・
「あの・・」
僕が何か言おうとすると3人のうちの1人が言った。
「OKだよね?」
「えっと・・」
別の1人が言う。
「他に好きな人いるの?」
「いないけど」
また別の一人が言う。
「この子のことよく知らないだろうから、これから好きになっていけばいいよ
ね」
「その・・」
手紙を渡した本人は全くしゃべらない。これじゃ本当にリンチだ。
「よかったね、恵理、OKだって」
恵理って名前なの?ていうか違うし。
「悪いけど・・僕、誰かと付き合うつもりは今ない」
そう言うと急に恵理って女の子は泣き出した、なんなのだ、こいつ。3人がも
の
すごい顔で睨みつけてきた。
「最低!」
「そんな言い方ないでしょ!」
どうしろっつうんだよ、もう。
「まずは友達からでいいでしょ!」
仕方ない。
「・・分かった、友達なら」
「よかったねー、恵理」
恵理っていう女の子は急に泣きやんだ。4人は何も言わずに走り去っていた。
まさに立つ鳥跡を濁さず。なんなのだよ、あいつら。まあ友達になるだけなら
いいけど。どうせもう長くないし。僕はくそ寒い中、空を見上げた、早く降ら
ないかな、雪。
教室に戻って藤田の言葉に愕然とした。
「佐藤、お前、西沢と付き合うことになったのだって?」
「何それ、西沢って誰?」
「西沢恵理だよ」
あいつら・・友達って言っただろ。最悪だ。
「すごいね、佐藤君」
瀬戸が言った。
黒板の方を見ると大きな相合傘が、小学生かよ。
僕の中で何かが切れた。
ずんずんと西沢の方に向かって行った。西沢は笑顔で僕の方を見た。
「佐藤く・・」
ぐんと僕は西沢の胸ぐらを掴んだ。
「いい加減にしろよ、お前」
僕は叫ぶのでなく、低く静かな声で言った。
「俺はお前みたいな奴が大嫌いだ、今すぐ殺してやりたい」
胸がどくんどくんと鳴った。僕は本当に殺してしまうかもと思った。どうせ短
い命なのだ、ここでムカつく奴の一人殺しても構わない。
あの3人は怖がって一歩下がっていた。
「お前らも殺してやる」
あの3人に言ってやった。西沢は恐怖で震えていた。僕はそのまま西沢を窓へ
と持って行った。教室中が静まり返っていた、ここは3階だ。落ちたら死ぬの
か分からない、死ななくてもいい、こいつを落とせればいい。
「ご、ごめんなさい」
西沢は震えながら蚊の鳴くようなか細い声で言った。
「やめて!さっちゃん!」
清子ネエだった。横から誰か腕をつかむ人がいた、藤田と瀬戸だった。
「落ち着け」
藤田が言った。
「ダメだよ、こんなことしちゃ、佐藤君」
瀬戸が言った。
「お前らには関係ないだろ、瀬戸、リスカしているお前にだけは言われたくな
い」
瀬戸の顔がひきつった、しまった、言っちゃいけないこと言った、そう思った
。でも、もう取り返しがつかない。
僕は手を離した。西沢は腰が抜けたかのように座り込んだ。顔面が真っ青だ。
そして失禁したようだ、スカートがじわりと濡れている。瀬戸は何も言わず下
を向いていた、藤田は僕の言動を責めなかった。まだ心臓がどくんどくんと鳴
っている。
「さっちゃん」
清子ネエが言った、僕はそれを無視して歩いて教室を出て行った、誰も追いか
けてこなかった、視界がぐらぐら揺れた。校舎を出て門を出て学校の外に出る
と、僕はバス停のベンチに座った。しばらくそこにいた。
「良かった、まだ居たか」
近藤だった、後ろに清子ネエもいた。どうやら清子ネエが近藤を呼んだらしい
。
「落ち着いたか?」
僕は何も答えなかった。
「何があったかは西沢から聞いたんだけど、理由も分からず急に胸ぐら掴まれ
たと言っていてな。正直混乱している、何があったのか話してくれるか?」
僕は何も言わなかった。
「まあ、西沢は嘘を吐いているのだろうが。佐藤は理由もなくあんなことす
るやつじゃないだろうから」
近藤の言葉に少し驚いた。でも、こう思った、大人は子どもが皆いい子だと
信じると。
「そんなことないです」
僕は言った。近藤は横に座った。
「瀬戸がな、謝っていたぞ、自分のせいで佐藤は教室から出て行ったのだと
」
・・瀬戸。ひどく自分はちっぽけに思えた、あんなことして、あんなこと言
って。ガキの中のガキだ。まだ西沢達を許せなかった、でもこう言った。
「自分が悪いんです」
「ううむ、謹慎処分は免れないと思うがいいか」
「はい」
「教室戻れるか?」
「・・・」
「とりあえず、放課後まで職員室にいよう、大丈夫か?」
「はい」
歩きながらこう思った、早く雪降ってくれ。
職員室での他の教官の目は厳しかった、次々に説教してくる。だが教室に戻
るよりもましだった、みなの僕を見る顔は見たくなかった。校長室まで呼ば
れ自宅謹慎一週間と告げられた。
放課後になって、近藤は帰っていいぞと言ったけど、僕はまだ教室に誰か残っ
ているだろうから戻る勇気はなかった。どうしようかと逡巡していると瀬戸と
藤田が現れた。
「これ、荷物」
瀬戸が鞄を渡してくれた。
「帰ろうぜ」
藤田が言った。
「・・ありがと」
僕は小さい声で言った。瀬戸と藤田には聞こえなかったみたいだ。
「ゲーセン行こうよ」
瀬戸が言った。
「いいのか?」
僕が答える、学校帰りにそういうところに寄るのは禁じられている。
「お前、明日から謹慎だろ、今日の内に遊んでおこうぜ」
藤田が言った。
「うん」
結局僕ははっきりと「ありがとう」を言うことができなかった、でも伝わっ
ているような気がした、この日どうでもいい友人はどうでもよくなくなった
。ゲーセンでの時間は楽しかった、3人ともあまりお金を持っていなかった
ので、あまり遊べなかったが楽しかった。帰る時、空を見上げた、もうすぐ
僕の中の時間は終わる、でもいい、後悔はない。ぼくはもう十分な時間を生
きた。良かったのだ、これで終わりにしよう。綺麗な人生だった。
帰ると近藤から電話があったらしく、母親がかなり怒っていた、しつこく理
由を追及されたが、僕は無視して自分の部屋に入って行った。ベッドに倒れ
ると、はーと大きく溜息を吐いた。
車の音がして誰かがインターフォンを鳴らした、誰だろう。
部屋のドアがノックされた。
「先生がいらっしゃったわよ」
近藤かな?何だろ、部屋すごく汚いのに。ドアを開けると立っていたのは清
子ネエだった。
「すみません、二人きりで話がしたいので」
そう言って清子ネエは部屋に入ってきた。顔つきは大人だった。やっぱりもう
大人だ。母親が去ると、急に清子ネエは肩の力を抜いた。そして部屋を見渡し
こう言った。
「散らかっているねー」
その顔は大人じゃなかった。
「急に来るから」
「そうね、私の部屋も同じようなものだわ」
「清子ネエの部屋が?」
「うん」
「ふーん」
「今日は大変だったね」
「怒らないの?説教しに来たのでしょ?」
「・・・違うよ」
僕は予想しない答えが返ってきたので何も言えなかった。
「・・私も殺したい相手ぐらい一人や二人いるから怒れないよ」
「思っているだけでしょ、僕は実際に殺そうとしたのだよ、怒って当然だよ」
「そんなことない、思っているのは行動と一緒だよ」
「・・・」
「と、私は思う、でもまだ大人じゃないから偉そうなことは言えないね、私が
勝手に思っているだけだから」
「清子ネエはもう大人だよ」
「そんなことないよ」
清子ネエは適当にものをどけて座った。
「しかし、びっくりしたなー、今日は。最初はさっちゃんに彼女できたんだ
ーて喜んでたけど、急にあんなことになるんだもん」
「・・・」
「どうして、ああなったか教えてくれる」
清子ネエが大人じゃないなら教えてもいいかもしれない。
「西沢に告白されたとき断ったのだけど、友達になってって言われて、それ
ならいいって言って、でも教室に戻ると勝手に恋人にされていて」
今考えるとすごくくだらない理由だ。
「そんな理由なの?」
「・・うん、ガキだね」
「だね」
はーと清子ネエは息をついた。そしてきょろきょろしだしてこんなことを言
った。
「エロ本はどこかな」
「ちょ、何言ってんの、うわ、探さないで」
清子ネエはベッドの下に手を伸ばした、止めるのも間に合わず、エロ本を取
り出した。
「隠し方、ベタすぎるよ」
「あのさ、普通女の人はそんなことしないよ」
「絶対お母さん分かっているよ、ここにあること」
清子ネエはパラパラとエロ本をめくった。
「ふーん、こういうのがいいんだねー」
「大学生の女の人はみんなこういうことするの」
と言ってエロ本をとりあげようとすると
「まーだー見ているのー」
と言って離さなかった。
「自分で買って見ろよー」
と二人でエロ本を引っ張り合いをしているときに
「しつれ・・」
運悪く母親がお茶を持って入ってきた。母親は固まっていた、そして何も言わ
ず去って行った。最悪だ。
「やっちゃったねー」
清子ネエは苦笑いを浮かべた。僕はエロ本から手を離して意気消沈した。
「まあまあ」
と言いながら、またエロ本をめくっている。
「こんなのが趣味なのか」
「あのさ」
「案外、ノーマルだね」
「あのさ、何しに来たの?」
「うー・・遊びに」
僕は肩を落とした。
「まだ童貞なの?」
「・・・そうだよ」
「ふーん」
仕返しだ。
「清子ネエは?」
「私は高校の時にやっちゃったよ」
何のとまどいもなく言った。全然仕返しにならなかった。
「早いね」
エロ本を返された、僕は馬鹿馬鹿しいけどベッドの下にしまった。
「そうかな、めっちゃ痛かったけどね。キスもまだ?」
清子ネエは目を見つめて訊いてきた。
「・・うん」
「してみる?」
急に僕の心臓はどきどき言った。
「ははは」
清子ネエは笑った。
「冗談だよ、冗談」
僕はまた肩を落とした、なんだか自分に情けなくなってきた。
「僕、もう寝る」
そう言ってベッドにうつ伏せになった。
「ゲームしようよ、ゲーム」
清子ネエはそう言ってテレビゲームを取り出した。本当に子どもだ。
「あのさー、あれ本気?」
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