季節を弄んだ高校生
葉月
第一部 雪が降ったら 

雪が降ったら死のう。
僕は高校二年生の冬を迎えた時そう思った。もう生きるのには疲れた。朝学校
に向かおうと玄関の扉を開けると息が白くかたまりを作った。
僕は冬が好きだ、寒いのは苦手だが、この刺すような空気の緊張感が好きだ、
今僕を包んでいる空気は張り詰めている。その空気の中に身を投げるようにし
て自転車をこぎ出した。藤田の家まで着くとインターフォンを押そうとした。
だが藤田はインターフォンが鳴る前に出てきた。いつもならこのくそ寒い中長
いこと出てくるまで待たされるのにやけに早い。
「おはよ、佐藤、さみーな」
「うん、今日は早いな、どうした?」
「いや、実は徹夜でゲームしてたんよ、それがクソゲーでよ」
藤田の息も白い、クソゲーとはつまらないゲームのことだ。
「クソゲーで徹夜か?」
「ああ、実は白木に借りたけど、あいつ、おもしれえていうから、やってみた
けどさー、ストーリーがクソだった、でもシステムは良かった、で、はまっち
まって」
僕たちは自転車をこぎ出す。寒い空気がどんどん後ろに流れていく。
「さみー、冬だな」
「ああ、冬だな」
僕は答える。
どうでもいい会話だ。でも僕らの日常はこんなどうでもいい会話で埋め尽くさ
れている。本当にどうでもいい会話だ。どうでもいい両親、どうでもいい友人
、どうでもいい学校、どうでもいい教師。みんなどうでもいい。
だけど、冬は僕にあたえられた宝物だ、そして雪も。雪は綺麗だ、好きだ。
生き場所じゃなくて死に場所を探すのは日本人の気質だろうか。僕は雪の中で
死にたい。そして大人になる前に死にたい。父親や母親を見ていると可哀そう
に思える、どうしてあんな生き方ができるのだろう、毎日毎日同じ単調で疲れ
ることの繰り返しだ。本当に可哀そうだ。楽しそうにみえるのはセックスぐら
いじゃないのか、まあ、今
は倦怠期でセックスレスみたいだけど。
友人のセックスを想像するのはそんなに嫌じゃないが、両親のセックスはあま
り想像したくない、なぜだろう、なんかみんなそうみたいだ、みんな両親のセ
ックスについてはあまり言及しない。避けている。みんな僕と同じなのだろう
か。
藤田は毎日女子を見る度に「やりてー」とか言っている、白木はもう彼女とや
ったみたいだ、この前自慢げに話していた「俺さー、童貞捨てちゃったよ」み
たいなことを。僕はまだだ。まあ本音を言うと早くやりたい、でも藤田みたい
に正直言えない。ある意味藤田はすごい。
小学生の時、高校生はもう大人だと思っていた、でも高校生になって思ったこ
とは、まだガキだっていうことだ。まあ、小学生はガキの中のガキだけど。僕
は大人になりたくはない、あんな生き物になるのは正直怖い。だからガキのう
ちに死んでしまいたい。死ぬのはなぜか怖くない、世に言う、ゲーム感覚とか
いうやつ?違う。僕は本当に死にたい。
死に方もいろいろ考えた、電車に飛び込むとかいう迷惑かかるような死に方で
死にたくない。ガキでも迷惑かけちゃいけないことぐらい分かっている。腕切
るのは痛そうだから嫌だ。同じクラスの瀬戸はリスカ(リストカットのこと)
しているけど、この前瀬戸に死にたくてやっているのかと聞いたら、「違うよ
」とだけ言って去って行った。話戻すけど、首吊りも嫌、自分の部屋でやって
、親が発見したら、かなりショックだろうから。一番良いのは飛びおりだと思
う、高いビルの上から、あまり痛みも感じずに済みそうだ。雪の中に落ちて死
にたい。
「なー」
藤田が話かけてくる。
「何?」
「俺さ、母親が再婚することになった」
「まじ?」
「うん、昨日親父が言っていた、それで」
「それで?」
「母親が俺のこと引き取りたいって」
「・・・どうすんだ?」
「親父のこと、ムカつくけど。母親よりはいいし。でも親父にはあまり迷惑か
けたくないんだよなー、昨日からずっと考えているんだけど」
「ゲームしながら?」
「うん、どうしたらいいか分からなくて、もう十七だけど、まだ十七だし」
「・・・」
藤田の言いたいことはよく分かる、だから僕は何も答えられなかった。何か言
ってやるべきだろうか、でも軽々しく言葉を発したくない。小学校からの付き
合いだから、藤田は大切にしたい、藤田はどうでもいい友人には入れるつもり
はない。
僕たちはもう十七で、まだ十七だ。分からないことは大人になれば分かるのか
?
大人は勝手だ、結婚するなら別れるなよと思う、子供作ったのなら最後まで面
倒みろよ、お前らがセックスして作ったのだろ、責任持てよ。
結局、僕たちはそれから何も言うことなく学校に着いた。
僕たちの学校は古い、本当に古い。教室の床は穴が開いているところもあって
、そこにはゴミが詰め込まれていた。馬鹿なことするなよなと思う。やっぱり
僕らはまだまだガキだ。
 「佐藤、おはよーっす」
机の上に鞄を置くと白木が話しかけてきた、僕と白木と藤田と瀬戸は同じクラ
スだ。いつも白木は朝から妙に高いテンションで話しかけてくる。そして白木
はモテル、認めたくないけど外見がカッコイイ、身長も175pある、僕も1
70pあるけど、やっぱり5pの差は大きい。違いは身長だけじゃなくて、顔
にもあるのだが。
「今日もご機嫌いかがっすか?」
「うるさいよ」
「佐藤、こわーい」
「お前の話し方の方がこええよ」
「またまたー」
それだけ言い終えると白木は去って行った。ちらりと藤田の方を見ると、他の
やつと楽しそうに話していた。僕以外には隠すつもりか。離婚した親が再婚か。
前の席に瀬戸が座る。
「おはよう、瀬戸」
声をかけると瀬戸が振り向いた。
「おはよう」
瀬戸はすっげーいいやつだ、誰からも信頼がおかれている。本当に優しい奴だ
、みんな瀬戸のことは好きだった。成績もいい、学級委員長もしている。しか
しリスカをしている。誰もその理由は知らない、誰もその理由を聞こうとしな
い、そして今日も服の裾から傷跡が見える。
視線に気付いたのか、瀬戸は傷跡を隠す。
「瀬戸は志望校決めた?」
僕はあわててどうでもいいことを言った。
「まだだよ、でも来週には進路希望書提出さなきゃね」
「国立?」
「うん」
「すげーなぁ、俺も親から国立行けって言われているのだけど、無理だっつー
の、俺数学できねーしなー、やべー、ほんとどうしよてな感じでさ、瀬戸は苦
手な教科ある?」
「うーん、特にないかな、美術かな」
「はは、受験に関係ないじゃん」
「でも美術の時間はすごい苦痛だよ」
「そっかー?」
「佐藤君は絵上手いからいいね」
「そんなことねーって、勉強できる方がいいじゃん」
「勉強できるよりも、僕は絵が上手い人や、歌が上手い人になりたいよ」
いつも瀬戸は詩人みたいな言い方をした。教室に近藤先生が入ってくる。瀬戸
は前を向いた。
「席着けー」
近藤は声に出す、近藤は厳しくない、生徒にも好かれている方だ。かなりの年
配でもうベテランの女性教師だ。
だが僕は近藤が嫌いだった、一番大人のにおいがする、毎日毎日同じことの繰
り返しを難なくこなしている、それが嫌いだ。いい大人、それが僕の近藤に対
する代名詞だ。他のクラスメイトはそんなこと全く思っていない。いつも僕は
近藤に侮蔑の視線を送った。その視線に近藤は気付いているのだろう、そして
こう思っているのだろう、子どもと。きっと僕は近藤の長い教師人生の中で扱
いにくい生徒の中の一人にすぎないのだろう。
「今日から、教育実習生が来る、このクラスの副担任も担当してもらう、よ・
・」
近藤が紹介しようと横を向くとそこには誰もいなかった。
「おーい、吉本先生、なんで入ってこないの?」
「あ、すいません、いつ入ったらいいのか、分からなくて」
頭を下げながら若い女性が入って来た。みんなの中に笑いの渦が起こった。
女生徒からはかわいいなんて言葉も発せられていた。見た目は確かにかわいか
った、綺麗と言うよりかわいいだ。
しかし、また大人が一人、それが僕の吉本に対する第一印象だった。
 吉本は軽く自己紹介をした、担当する教科は数学だった。近藤と同じ教科だ
 。場慣れしているなと思った、全然緊張しているようには思えなかった。
 吉本は違う教科も見学して後ろですらすらとノートをとっていた。授業が終
 わると吉本は女生徒に囲まれあれこれ質問されていた、男子生徒は気付かれ
 ないように耳を傾けているものが多かった。質問の答えは、彼氏はいない、
 家は学校の近所、大学は国立のS大学(偏差値高い)などなど、聞くつもり
 はなかったが女子が大きい声で話すので嫌でも耳に入ってきた。そっか、彼
 氏いないんだ、などとぼんやり思っていた。
 ある女生徒が言った。
 「ねえねえ、吉本先生、このクラスに気になる男子生徒とかいる?」
 多くの男子生徒がピクリとした。僕はどうでもいい馬鹿な質問なんかに期待
 することなく寝ることにした、どうせ白木とかだろ。
 「うーん、いるけど内緒だよ」
 「えー、なんでー?」
 「教師はそういうこと言っちゃダメなの」
 「先生、まだ学生じゃん」
 馬鹿馬鹿しい、勝手にやっていろ、いつもそうだ、この歳になると僕達は選
 ばれる側だ。
 早く、雪、降らないかな。窓の外に目をやりながら、ぼんやりとした。
 「もう行かなきゃ」
 そう言って吉本は去って行った。
 「佐藤」
 藤田が目の前に立った。
 「何?」
 「ちょっといいか?」
 「どうした?」
 「いいから、ちょっと来て」
そう言って佐藤は無理やり僕を立たせ廊下に連れて行った。真剣な表情で藤田
は話し始めた。
「あの、吉本先生、俺の姉さんだよ」
「え、お前の姉さんて、あの清子ネエ?」
「うん、清子ネエ」
「でも、もう会ってないだろ?なんで分かるんだ」
「俺、母さんと清子ネエに一年に一回会っているから・・」
吉本の顔を思い出してみても、幼い頃に一緒に遊んでもらった清子ネエの面影
は全くなかった。
「どうしよう?」
藤田は動揺していた。
「どうしようって・・どうしようもないだろ」
「・・そうだな、他の奴には内緒にしといてくれよ」
本当にどうしようもないだろ、僕はそう思った、できるなら、そんなこと気に
するな、そう言ってやりたかった。でもそんなこと口が裂けても言えない。あ
の清子ネエが・・藤田の両親は幼い頃に離婚しているから、清子ネエとは僕が
小学生になる頃までしか遊んでもらったことはない。だから、当時の清子ネエ
の顔は思い出せない。
次の教科は数学だ。
清子ネエの授業の進め方はうまかった。近藤から褒められると塾の講師をして
いますからと答えた、でもその答えかたには、少しも自慢っぽさは感じられな
かった。僕は清子ネエをじっと見つめていた。清子ネエの胸中はどうだろう。
藤田のことにはもちろん気付いているだろう、教室に入った時におそらく気付
いたのだろう、でもそんな素振りは見せなかった。あの清子ネエが大人になる
なんて・・
清子ネエは僕の初恋の人だった、初恋といっても小学生に入る前だから、大好
きなお姉ちゃんといったところか。実は藤田家が離婚してからもよく清子ネエ
のことを思い出していた。そんな清子ネエが大人になったということは正直僕
にとってショックだった、なんだか裏切られたような気もした。でもそれは僕
の身勝手な思いに過ぎない。好きな人を好きな形のままでいてほしいなんて本
当に身勝手だ。
もう大人だからセックスとかするのかな、そんなことをぼんやりと考えて、ず
っと心に閉まっていた清子ネエへの思いが汚されていくようでなんだか嫌だっ
た。
その日から清子ネエが気になってしかたなかった。心の中にあった清子ネエは
綺麗に上書きされて新しい清子ネエができあがった。日が経つにつれ清子ネエ
の存在は大きくなっていった。クラスでも清子ネエの話題が多かった、あれこ
れ噂話もできあがっていった、恋人が本当はいるとか、それが実はもう婚約し
ているとか、生徒の誰それが好きだとか。しかし、幸いなことに誰も藤田の姉
だとは気付かなかった。
清子ネエへの想いが募る一方で、僕の中の虚無感は大きくなっていった。
僕は何のために生きているんだ?
そんなことを考えて、窓の外をぼんやりと見つめることが多かった。
古い建物だから教室はびゅーびゅーと隙間風が吹いた。木々が激しく揺れる日
もあった。
僕はずっと迷っていた、進路希望書を提出期限までに出すことができなかった
のだ、ホームルームが終わった後に、藤田と僕が呼ばれた。応接室まで来るよ
うにとのことだった。
「何だと思う?」
藤田が応接室まで向かう中尋ねてきた。
「僕は進路希望書のことだな、たぶん」
教師に呼ばれたのに僕は全然緊張していなかった。
「あー、それか、俺も多分それだ。てっきり清子ネエのことかと思った」
藤田は言った。
「なんだ、お前も出していなかったの?」
「うん、俺の成績じゃ、国立無理だし、けど私立は親父に悪くて行けないし、
でも高卒じゃ就職できなさそうだし・・悩んでいるんだ、俺」
そんな悩んでんのか。藤田がまず先に呼ばれて入って行った。職員室じゃなく
て、応接室にしたのは一応僕たちのことを考慮してのことかな。まあ、考える
よな、大人なんだし、相手は子どもだしな。そうか、藤田は母親のところに行
けば私立でも大丈夫そうだから、迷っているのか、でもそうなると親父さん一
人になっちまうよな。
だいぶ時間が経ってから、藤田が出てきた。「おつかれさん」というと「がん
ばれよ」と肩に手を置かれたので「おう」と答えた。「失礼します」と入って
いくと近藤の他に清子ネエもいた。
「吉本先生も居ていいか?」
「はい」
席に着く、ふかふかのソファーだ。こんなのあまり座ったことない。
「なんで呼ばれたか分かるか?」
「進路希望書・・・」
「そう、まあ、お前の気持ちも分かる、十七で将来決めろって言われても難し
いもんな。何か将来したいものとかあるか、夢とか」
「・・・」
いつもそうだ、大人たちは子どもに夢を抱くよう求める、それが何か尋ねる。
俺の夢は雪の中で死ぬことだ。
「このことはじっくり考えていこう、焦っちゃダメだ。佐藤は・」
コンコン、ドアがノックされた、教頭が顔を出した。
「近藤先生、お電話です」
「はい、ちょっと待っていてくれ」
近藤は出て行った。清子ネエと二人きりになった。
「さっちゃん」
清子ネエに話しかけられた、それも昔の呼び方で、佐藤だからさっちゃん、今
は誰もそんな呼び方はしない。
「清子ネエ、いつ気付いたの?」
「生徒名簿見たとき、すぐに分かったよ、さっちゃんは?」
「僕は藤田が言うまで清子ネエだと分からなかった」
「ははは、当り前か、別れたのもう何年も前だからね」
笑顔がかわいかった、みんな騒ぐわけだ。藤田に全然似ていない。
「で、進路どうするの?」
「うーん・・・」
雪が降ったら死ぬなんてこと言えなかった。いやいっそ言ってしまおうか、清
子ネエの反応が見たかった。でもまずは気になっていることから。
「藤田、清子ネエのところに行くの?」
「マー君?」
まことだからマー君、昔のままだ。
「母さんは来てほしいみたいだけど、私はお父さんのこと考えるとちょっとね
、子ども二人とも取られるのはかわいそうな気がして」
なんだか他人事みたいな口ぶりだった。
「清子ネエは来てほしいの、来てほしくないの?」
「どっちかなあ、よく分からない」
本当に他人事みたいな言い方だ。
「私、大学卒業したら家出るから」
そっか、遠くに行っちゃうってわけだ。結局はもう大人だ、大嫌いな大人だ。
清子ネエがひどく無責任な気がした。藤田を守る気は全然ないみたいだ。親父
さんの心配はしても藤田本人の心配はしていない。
「俺、雪が降ったら死ぬから」
腹がたったので、嫌がらせに言ってやった。清子ネエは目を丸くして、そして
何か言おうとした時、近藤が戻ってきた。
「いやー、すまんすまん、待たせたな、それでさっきの続きだが」
清子ネエはもう何も言わなかった。
「将来就きたい職業とかあるか?」
「ないです」
即答してやった。
「将来のことについて何か考えたことはあるか?」
予想外の質問だった。
「・・ないです」
「じゃあ、これからじっくり考えていこう、先生も助けるからな、これから考
えていく時間はすごく大切になるからな」
「はい・・」
「一応言っておくけど高卒だけじゃかなり厳しいぞ」
完璧に僕の負けだ、本当にノックアウトされたかのように、僕は背を丸めて部
屋を後にした。応接室の前で僕は窓の外を見ていた、早く雪降らないかな、将
来のこと考えたことはある、でも漠然と空虚なものを感じてすごく怖かった。
将来のこと考えるのは怖かったけど、死ぬことを考えるのは怖くなかった、死
は僕にとって苦しみからの解放に思えた。死は生の反対側にあるんじゃなくて
、生の延長線上にあるものだと感じていた。生はただの苦しみにしか過ぎない
。だから、早く死にたい。自殺する権利は自由なものだと思う。だって生きて
いるのも死ぬのも本人だろ。誰かが言っていた自殺は弱い奴の逃げ道だって、
僕は違うと思う、そんなことじゃないと思う。
「佐藤」
藤田が待っていたみたいだ。
「なんて言われた」
藤田が尋ねた。
「将来について考えろだって、お前は?」
 「大学には行きたいって言った、でも国立は無理そう、だけど私立は金銭面
 で無理そう」
 「母親のところに行けば大丈夫だろ?」
 「ああ、その話、お前と先生が話している間に決めたよ。母親のところには
 いかない」
 「なんで」
 「俺の人生だ、俺の好きなように生きてやろうと思った」
 「お前、すげーな。それに比べて僕は・・ダメだな」
 「何がダメなんだ?」
 藤田には全部言ってしまおう。ここまで話してくれたんだ、だから僕も話さ
 なきゃならない。
 「僕、雪が降ったら死ぬことにした」
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