「で、先生いくつか質問があります」
「はい!健一君、どうぞ」
「何故我々はこのくそ寒い中、外にいるのでしょうか?」
「よくぞ、訊いてくれました、それは雪が降っているからです」
・・・答えになっていない。
「先生、次の質問です、なぜ我々は浜辺にいるのでしょうか?」
「うむ、それは・・・広いからです、じゃじゃーん」
・・腹の立つ効果音だな。僕は先生に無理やり浜辺に連れてこられた。
「で、今から、我々は浜辺で何を?」
「うむ、それは・・・ぽさぽさ祭りなのです」
・・・今降っている雪の量はぽさぽさを超えているのでは?
「具体的に言うと、第一競技、雪だるま作りー、全部で5個の雪だるまを作り
ます、お父さんとお母さんと子ども三人です、健一は下の大きい方を担当ね」
そう言って先生は雪を転がし始めた。仕方ない、付き合うか。僕も転がし始め
た。
一時間ぐらい経つと貝混じりの雪だるまが5個できた。疲れた、本当に疲れた
、肩で息をしている。
「・・先生、楽しい?」
「うん、楽しいよ、健一は?」
「先生が楽しいなら楽しい、五人家族か、僕たちそうなるの?」
「・・・うん、そうだよ」
「そう、楽しみだな」
「そうだね・・・さー、写真撮ろう」
「写真?携帯で?」
先生はごそごそとポケットの中からあるものを取り出した。
「じゃーん、デジカメです」
「どうしたの?そんなもの」
「昨日買ったんだよ、中古だけどね」
「写真撮る夢見たの?」
「うん。実は雪が降って雪だるま作る夢も見たよ」
「そっか、すごいね」
「すごくないよ、見たくないものまで見ちゃうし」
「それを変えればいいじゃん」
「変えられないものもあるんだよ」
「?」
その時、先生が一瞬辛そうな表情を浮かべた気がした。
「ほら、撮るよ」
「撮るなら、一緒に映ろうよ」
「どうやって?」
「セルフタイマーでさ」
僕は適当にデジカメをいじってセルフタイマーにした。そして二人で写真を撮
った。
先生は嬉しそうにじっとデジカメの画像を見つめていた。雪はその後すぐにや
んで、太陽が雲間から顔を覗かせた、そして雪だるまはあっという間に溶けて
、残骸が二、三日の間だけ残った。
先生は何故か、ぼーとすることがだんだんと多くなった、そんなとき僕は先生
をそっとしておいた。後になってから思うとその時、先生に尋ねておけば良か
った。
二月十四日の金曜日、僕は塾で教えながら、先生チョコくれるかな、でも、今
年は逆チョコなんてものが流行っているみたいだしな、チョコかなんか買って
あげた方がいいかな、なんてことをぼんやりと考えていた。
「先生、集中しなよ、さては好きな子からチョコとかもらったんちゃうか」
生徒の男の子の一人からヤジが飛んだ。
「今年もゼロやわ」
僕がそう言うと、生徒たちみんなが笑った。
いつも通りの時間が過ぎていった、段々と生徒達は実力を付けていっているの
が分かる。特に斎藤は頑張っている分伸びは大きい。
「よーし、終わりな」
「じゃあ、先生先に行ってるで」
生徒達は元気に外に出て行った。元気だな。
コートを着て外に出ると、女の子たちが待っていた。
「また、待っていたのか?」
「うん、先生、一緒に行こう」
小杉が言った。
「ああ」
・・・おかしい
「・・山口、何かあったか?」
「え」
下を向いて歩いていた山口が急に声をかけられてびくっとした。
「何ですか?先生」
「いや、授業中も最近、元気ないみたいだから」
「・・・大丈夫です、何もないです」
「そうか」
僕たちはいつものコンビニに着いた、男子達3人はカップラーメンにお湯を注
いでいる最中だった。
「こら、まだ、お金払ってないだろ」
僕は言った。
「店員さんが良いって言ってくれたんだよ」
「はい、いいですよ、お仕事お疲れ様です」
店員さんが笑顔で答えてくれた。
「すみません」
僕は頭を下げた。
「先生、俺達今日、これやで」
「これ?」
「激辛ラーメン!新発売したんやに、めっちゃからいで」
「はいはい、良かったな」
・・・
「おい、お前ら、それ・・」
「な、何?」
「二百十五円じゃねぇか、十五円オーバーだろ」
「ええやん、十五円ぐらい」
男子生徒達は脂汗をかいていた、寒いのに。
「良くねーよ、このおごりで俺の一時間分の労働が消えるんだよ」
「先生の時給上がるように塾長に頼むからさ」
「上がるわけねーだろ!全く。十五円自分で払えよ」
「いや・・俺達今日財布持ってねーから」
「なにー、確信犯かーー!」
「先生、そんな漫才いらないから、私、これ」
小杉がカップラーメンを渡してきた。・・冷たいなー
斎藤はいつもの缶コーヒーだった。
僕は・・・可愛く飾ってある棚が目についた、コンビニにもいろいろあるんだ
な。バレンタインのコーナーだった。これ可愛いな、そう思い、一つの箱入り
チョコを手に取った。
「何、先生、逆チョコ?」
男子達が騒ぎ出す。
「母親にだよ」
僕は嘘をついた。
「母親は大切にしろよ、手遅れになる前にな」
「手遅れ?」
「ああ、大きくなるともういろいろと昔じゃなくなるんだよ」
僕はまた缶コーヒーを手に取った。
またいつものようにコンビニの外で食事を取り始めた。
何故か女子がごそごそと騒いでいる、何だろう。
「先生、はい、これ」
女生徒達がプレゼントをくれた、一人一個ずつだ。
「くれるの?」
「うん、日頃の感謝をこめて」
「うわ、チョコもらうなんて初めてだよ、うれしいな」
「ええ、先生いいなぁ」
男子生徒達が騒ぎ始めた。
「あんたたちにも、あるわよ、騒ぐな」
「まじで!ありがとうございます。小杉様、山口様、斎藤様」
「義理チョコだけどね」
そう言われて、男子生徒達はなんかみすぼらしいチョコが配られた、見ていて
可哀そうになってきた。
「先生には本命だよ」
「・・・うん、ありがとう」
素直に喜んでいいのだろうか、隣で男子達がもぐもぐとチョコを悲しそうに食
べている。
「じゃあ、開けてみようかな」
「待って」
山口が止める。
「私のは、私のは・・家に帰ってから開けてください」
「うん?ああ、分かったじゃあ、小杉の、おお!」
とてもかわいらしいクマさん型のチョコがいくつも入っている。
「へー、すごいな、おお、おいしい」
「手作りだよ」
「チョコの手作りってどうするのかしらないけど、難しそうだね」
「私のも手作りです」
斎藤が言った。
「へー、そうか」
開けてみると、ハート形のチョコが入っていた。
「すごい」
男子達が目に涙を浮かべ口をもぐもぐとしながらこっちを見ていた。
「お前ら、泣かなくても」
「からいの」
「?」
「ラーメンがからいの」
「そうか」
今夜も遅くなっちゃったな。先生怒るかな。
「ただいま」
ドアを開けると返事がなかった。もしかして寝ているのかな。
入ると・・台所に倒れている先生を見つけた。
「先生!」
僕はすぐさま駆け寄った、先生に触れるとすごい熱だった。
「先生、先生」
何度呼んでも返事はなかった。どうしたのだろう、いったい。
蛇口からとぽとぽと水が流れていた。
水の音が僕をいっそう焦らせた。
救急者だ、救急車を呼ぼう。
僕は急いで電話をかけた。それからあとは、脈はあり、呼吸もしていることを
確認して、じっと救急車が来るのを待っていた。何時間も過ぎてしまったよう
に感じられた、早く来て早く来てとただひたすら願った。
病院で、僕は先生の親族はいないのかと訊かれた。僕はただ一言いないと答え
た。先生は以前もう家族も親類も皆いないからと言っていたのを思い出した。
先生の病気は検査をしてみないと分からないとのことだった。僕は家に帰り、
休んで、また翌朝来るように言われた。とりあえず命の危険はないということ
だった。
病院を出たのは真夜中だった、財布を家に置いてきたコートの中に忘れてきた
ことに気付いて、タクシーも使えず、5キロほどの道を歩いて帰った、電燈が
チカチカと鳴っていた。寒かった、僕は嫌な空想ばかりが頭によぎった。先生
はこのことを知っていたのだろうか、夢で見ていたのだろうか。その晩、やっ
と、家に着いても、心は落ち着かず眠れなかった。
朝日が昇った。僕は思い出したかのように立ち上がった。そうだ、入院の荷物
を用意しなくちゃ。服と洗面具と歯ブラシと・・・あと何がいるんだろう、入
院したことないから分からないな。家族も・・・家族は入院することもできず
に逝ってしまったしな。霊安室・・僕が通された場所だった。そうだ、クシと
スリッパも・・・先生は無事退院してくれるよな。とりあえずこれだけ持って
いって、足りなかったら取りに来よう。
僕は家を出て自転車に乗り病院に向かった。
時刻は8時を過ぎていた、まだ早いだろうか、そんなことを考えていた。
病院に着くと緊急外来の扉から入ることができた。
看護士さんがさっき意識を取り戻したところだと言ってくれた。
病室に入ると先生は窓の外をぼんやりと見つめていた。
「・・・先生、大丈夫?」
「健一、学校は?」
「こんな時に何言っているの、それに今日は土曜だよ」
「うん、ごめん」
僕は黙った、先生も黙った。
「おはようございます」
医師がやって来た。
「気分はどうですか?」
「先生、私、白血病なんです」
唐突に先生は言った、僕は唖然とした。
「それは、何か、他の病院にかかっているんですか?」
医師は言った。
「はい、違う病院で診てもらっています」
「骨髄バンクの方には?」
「適合者は見つかっていません、家族もいません」
「そうですか、入院はどうしますか?こちらに入院なさりますか?」
「・・・健一、どうしよう?」
僕は何かものが言える状態ではなかったが、なんとか口を開いた。
「ここにしよう、家近いから」
「うん」
先生は頷いた。
「では、紹介状を送ってもらいましょう、あとで採血しますね」
そう言って医師は去って行った。
「健一、ごめん」
僕は崩れ落ちた。涙があふれ出てきた。
「なんでだよ、なんで、一言も言ってくれなかったんだよ。俺達恋人同士じゃ
なかったのかよ。形だけだったのかよ」
「ごめん、どうしても言えなかった、ごめんね」
先生も泣いていた。僕は自分の非力さが悔しかった。守れない自分は弱く悔し
かった。
「わずかな時間をせめて一緒に居させてほしかったんだ、ごめんね」
「もう、謝らなくていいよ。分かるよ、先生の気持ち。俺も同じ立場だったら
言えなかったと思う」
「うん」
「これ、入院の荷物、何か欲しいものほかにあったら言ってね」
「ありがとう」
「できるだけ、病院にいるようにするよ」
「うん」
「何か飲み物買ってくる」
僕はそう言って病室を出た。
足はふらふらだ、想像していた中で最悪の状況だ。どうしよう、どうすればい
いんだ。頭の中がぐちゃぐちゃになった。
ロビーのテレビからニュースが流れていた。
中学生の自殺か・・・
・・・の斎藤歩さんが昨夜遅くビルから飛び降り亡くなりました、自宅から遺
書が見つかっており、警察は自殺の方面で捜査しております。・・・
斎藤、歩?塾の生徒の斎藤じゃないか?そんな昨日会ったのに、嘘だろ。別の
同じ名前の人だろ。
・・・自殺の原因は遺書には学校のいじめが原因によるものだと書かれていま
すが、学校関係者は否定しております。・・・
いじめ?最近少し元気なかったけど、そんな素振りは少しも見せなかった。昨
日だってチョコくれて・・「家に帰ってから開けてください」確か、そう言っ
ていた、まさか・・コートのポケットの中に入っていたチョコの箱を取り出し
、箱を開けた。中にはチョコは入っていなくて、代わりに手紙が入っていた。
手紙?
『河合先生へ
先生、いろいろとありがとうございました。
私、今まで生きてきた中で塾の先生の授業の時間が一番楽しかったよ。
学校楽しくないです、辛いです。
私、いじめにあっているんです。
殺してやりたいぐらいあいつらが憎いです。
でも、そんなことしたら先生悲しいよね。
私、もうどうしたらいいのか分からない。
ねえ、先生どうしたらいいのやろ。
ごめんね、ごめんね。
私のこと大切にしてくれてありがとう。
実は私先生のことが好きです。
でも、私知っていますよ、先生に好きな人いること
携帯の待ち受けが女の人なのも知っています。
でも、私、先生を好きになって良かった。
私、めっちゃ好きですよ、忘れないでくださいね。
ありがとう、ありがとう
山口歩』
そんな、こんなことってないだろ、もっと早く手紙に気付いていれば、僕がも
っと早くいじめに気付いていれば・・山口・・・どうして・・ごめん、ごめん
。
僕は外に出て隠れて泣いた、激しく泣いた。
次ページ
小説総合ページ
トップページ