山口の通夜も葬式も静かに行われた。僕は手紙のことは誰にも言わなかった、
きっとその方が斎藤は望んでいるだろうと思った。参列者は多かった、その中
に塾の生徒達もいた。
「先生」
小杉だ、小杉は泣いていた。
「私ね、先生にいじめのこと相談しようて歩ちゃんに言ったんよ、そしたら、
歩ちゃん、そんなことしたくないて、先生のこと好きやから、そんなこと嫌や
て」
「ああ、うん、ごめんな、気付けなくて」
「先生」
一人の大人の女性が話しかけてきた。
「・・・歩の母です」
僕は小さく頭を下げた。
「歩の遺書に先生との時。間だけが幸せだと書いてありました、ありがとうご
ざいました、本当にありがとうございました・・・」
山口のお母さんは深々と頭を下げた。
「・・・すみません、本当にすみません、もっと早く僕がいじめに気付いてい
れば・・」
雨がパラパラと降り始めた、山口も泣いているのだろうか。
一人激しく泣いている小学生ぐらいの女の子がいた。
「先生、妹の和江ちゃんやに」
小杉が言った。
「そうか」
これから、山口の家族は何を背負って生きていくのだろう。
 
僕が葬式から帰り部屋に入ると、冷蔵庫の上を見た。
「あった」
そこには可愛くラッピングされていた箱が置いてあった。先生にそこに置いて
あるからと言われたんだ。
中身を開けると不器用な星形のチョコが入っていた。
「へたっぴ」
そう言って、一つ取って口に放り込んだ。
「・・・甘い」
「・・・俺、どうしたらいいんだよ、先生」
涙が出てきた、ちくしょう、ちくしょう。
次の日、僕は先生に会いに行かなかった。学校にも行かず、食事も少ししか取
らず、ぼーとしていた。
夕方電話がかかってきて出ると、塾長だった。クビになった、山口の自殺の件
と、いままで生徒におごっていたことがばれたのだ。何も反論しなかった、素
直にそうですかとだけ言って電話を切った。
もう何もしたくなかった。
それから5日間、病院に行かず、学校にも行かず、部屋でじっとしていた。金
曜日の夕方、いつもなら、塾で授業をしている時間にインターホンが鳴った。
僕は無視して出なかった。もう一度鳴る。僕は出なかった。
「せんせーい」
小杉の声だ。
僕はドアを開ける。
塾の生徒達の5人がいた。
「お前たち、授業は?」
「先生の授業じゃないと嫌や」
小杉が言った。
「すまない、先生、クビになった」
「知ってるよ」
男子が言った。
「先生、教えてください」
斎藤が言った。
「私達、塾やめたんよ、塾長にも河合先生に教えてもらう許可もらったよ、許
可というより、無理やりいいと言わせたんだけどね」
斎藤が笑みを浮かべながら言った。
「私の家で教えてください」
ぴょこっと和江が顔を出した。
「私にも教えてください」
「和江ちゃん・・みんな、みんな、ありがとう・・ありがとう」
「全教科教えてね」
「ああ、任せろ」
「美術もね」
「そ、それは・・・ちょっと」
「家庭は?」
「おお、それなら得意だ」
「あはは」
「ちょっと待て、支度するからな」

「どうも、すみません。場所を提供していただき」
「いえいえ、どうぞ、私の書道教室に使っている所ですが、こちらです」
山口さんに案内された部屋は6人教えるには十分な部屋だった。
「部屋代は和江の月謝で構いませんから、本当に和江が混じっても大丈夫なん
ですか?」
「大丈夫ですよ、その方が歩さんも喜ぶと思いますし・・・」
「・・ありがとうございます」
「あの、すみませんが、歩さんに挨拶できますか?」
「はい、仏壇はこちらです」
「俺達もあいさつする」
「じゃあ、みんなおいで」
僕たちは歩に挨拶をし、授業を始めた。楽しかった。
授業が終わる9時半に山口さんが顔を出した。
「金曜の夜はラーメンですよね、用意できていますよ」
「よっしゃあ、やったー」
生徒達が叫んだ。
「そこまでしていただいては・・」
「いいですから、さあ、先生もどうぞ、みんな台所においで」
「ありがとうございます」
僕は深々とお辞儀をした。
「おお、本物のラーメンだ、カップラーメンじゃない、カップラーメンから解
放されたー!」
僕は叫んだ男子生徒の頭をわしっと掴んだ。
「お前はカップラーメンが嫌いか?」
「い・いえ・・大好きです」
「よろしい」
「あはは」
山口さんが笑った。
ポンと肩に手を置かれ、手の方を振り向くと山口のお父さんがいた。
「ありがとう、久しぶりに笑ってくれたわ、ゆっくりしていってくれ」
お父さんも笑顔だった。

朝一で次の日病院に着いた。
「おはよう」
ぼーと外を見ている先生に声をかけた。先生がゆっくりとこちらを向いた。
「・・健一、もう来ないのかと思った、だって健一が来る夢全然見られなかっ
たから」
「そっちのほうが運命だったのかもしれないね、でも未来は変えられるでしょ
」
「うん、ありがとう、来てくれて」
「待たせて、ごめんね」
「残りの時間、一緒に居てくれる?」
「ああ、いいよ」
僕は山口の話をした、新しい塾のことも。
「五日間何していたの?」
先生は尋ねた。
「寝とった」
「朝から晩まで」
「うん、泣いていた」
「朝から晩まで?」
「うん」
「子どもみたいやね」
「だねー」
「はは」
先生は少し笑った。

新学期が始まると、僕は学校を休学した、経済的理由ということにしておいた
。先生は反対したが、僕は譲らなかった。僕はデジカメを持ち歩き、いろんな
ものを撮っては先生に見せた。花や虫や草や木や空や人や、世界を撮った、僕
は毎日世界をプレゼントした。夕方まで先生と一緒に過ごし、夕方からは塾を
開いた、今年は受験だ、本腰を入れないと。でも生徒達には全く緊張感は無か
った。
「そんなもんよ」
先生は言った。
「そうかな」
僕は答える。
「あ、この子達、かわいい」
先生はデジカメを見て言った。
「どれ?・・・ああ、塾の生徒達だよ」
「こんな可愛い子たちからチョコもらったの?犯罪やね」
「だね」
僕は林檎をむきながら頷いた。
「ありがとね、デジカメ」
「いいよ、はい、林檎むけたよ」
「ごめん、食欲無い、健一、食べて」
「ええー、せっかく、むいたのに」
僕は林檎を一つ食べた。食べながら思った。
「ねー、じゃあ、これは?」
僕は尋ねた。
「何?」
「林檎の音、やっぱり、シャリシャリとか?」
「スサスサだね」
「そっか」
先生はもうだいぶ元気が無くなっていた、医師から、もう少しだと聞かされた
。
僕はそんな言葉聞きたくなかったけど、家族は受け止めなければならないのだ
ろうか。
「雪だるまの時はごめんね」
「何が?」
僕は尋ねた。
「5人家族て、嘘ついて」
「いいよ、別に」
先生は涙を一筋流した。
「どうしたの?」
桜の花びらが一つ窓から入って来た。
外は満開の桜がもう役目を終えようとしていた。
「私、明日逝くわ、ごめんね」
「・・・見えたの?」
こくりと頷く。
「でも、逝く時は健一が側にいてくれるみたい、ありがとう」
「・・・変えられないの?」
「今回ばかりはちょっと無理かな」
「・・・そう」
「あまり、悲しい顔しないで、私は満足なんだから、ありがとう」
「・・うん」
「ちょっと寝るね」
それから、先生は目を覚まさなかった、昏睡状態に陥った。僕は先生の側でじ
っとしていた。
看護師から帰るように言われたが、今夜だけとお願いした。
長い夜だった。僕はいろんなことを考えた。だけど、どのこともすぐ考えが途
中で止まった。僕は先生の手を握った、熱かった、生きているんだと思った。
スーッと涙が一筋頬を伝った。僕は涙を止めなかった。次から次へと涙は流れ
た、僕は声を出さず泣いた。月の綺麗な夜だった。
次の日昼ごろ先生は目を覚ました、だけど何か視線は宙ぶらりんだった。
「先生、大丈夫?」
僕は声をかけた。
「行って、健一行って」
「・・・何言ってるの?どこに・・大丈夫?」
「大丈夫、山口さんが死んだビルに生徒がいる、死のうとしている、早く、行
って」
「そんな・・・」
「早く、手遅れになる前に」
「・・・すぐ戻るから」
そう言って僕は病室を出て駈け出した。途中看護士さんに会い、意識が戻った
とだけ伝え、また走り出した、病院を出て自転車に乗り、ビルに向かう。
早く、早く・・・また気付けなかったのか、ちくしょう。誰だろう、今度は誰
なんだろう。
ビルに着き、僕は急いで屋上に上って行った。屋上の端に斎藤がいた、端から
下を眺めていた。
「斎藤!」
僕は叫んだ。斎藤は驚いてこちらを振り向いた。
「・・先生、どうして、ここに?」
「・・斎藤、どうしてなんだ?何があったんだ?」
「・・いじめです」
「・・・」
「歩ちゃんがいなくなったら、今度は私が標的になったんです。私が歩ちゃん
が死んだあと、全部教師に話したんです、でも、教師たちは私の言うことに耳
を貸さなかった、否定されました」
「・・・」
「そのことを知ったいじめの連中は、今度は私をいじめるようになったんです
。それも、塾のみんなや教師たちに分からないように」
「・・斎藤」
斎藤は泣いていた。
「もう耐えられないです、いじめはどんどんひどくなっています。」
「・・」
「私が死んだらみんな分かってくれます、歩ちゃんが苦しんでいたこと分かっ
てくれます。」
「・・」
「私、歩ちゃんが好きだったんです、恋していました。本気で好きだったんで
す。女の子同士でおかしいと思うかもしれませんが、好きだったんです」
「斎藤」
「私はいじめていたやつら憎いです、許せません」
「斎藤、女の子が女の子を好きになってもおかしくないさ、先生もいじめてい
る連中が許せない、憎い、先生も同じだ」
「・・先生」
「・・・」
斎藤がしゃがみ込んだ。
「私・・私死ぬの怖いんです、怖いんです・・歩ちゃんのこと好きなのに怖い
んです・・私、どうしたらいいか分からない」
「斎藤、怖くていいんだよ。それに山口はこんなこと望んでいない。だから生
きよう、みんなで生きよう」
「・・・・うう」
「僕はまだ大人になりきれていないから偉そうなこと言えないけど、先生は斎
藤に生きていてほしい」
「・・う、うあー」
山口は声をあげて泣いた、激しく泣いた。僕も斎藤の肩に手を置いて泣いた。
斎藤は泣き終えるとこちらを向いた。
「先生、私、どうしたらいいんやろ」
「生きよう、一緒に、みんなと一緒に」
「でも・・」
「いじめか、きついな」
「うん、友達でも、教師でも無理なんだから」
「・・・そうだな」
携帯が鳴った。
見ると病院からだった。
「ちょっと、ごめんな」
電話の相手は看護師からで、山田先生が亡くなったことを告げられた。
間に合わなかった、ごめん、先生。
僕はごろんと横になった。
「斎藤、いじめは先生も一緒にたたかうよ」
「・・・うん」
「今から行きたいところがあるんだ。一緒に来てくれるか?」
「・・うん」
「じゃあ、行こうか」
「・・先生、来てくれてありがとう、ねえ、なんで分かったの?」
「教えてくれたんだよ、先生の先生がね」
「?」
「不思議な力なんだよ」
「そうなん、じゃあ、その先生に感謝しなくちゃね」
「ああ、感謝しなくちゃな」
僕たちは自転車を二人乗りして病院に向かった。
桜の花びらが次々に後ろに流れて行った。
病室に着くと先生の顔には白い布がかぶせてあった。斎藤に病室の外で待つよ
うに言った。そっと白い布をとった、安らかな表情をしていた、眠っているみ
たいだ。
「ありがとう、先生、ごめん、ごめんね」
僕は白い布をかぶせ、看護師から手続きなどを聞いた。
そういや、昼飯食べてなかったな。
待たせてある、斎藤を呼んだ。
「斎藤、昼飯食べてなかったよね?」
「うん」
「ラーメンでも食べに行くか」
「カップラーメンですか?」
「ちゃんとしたラーメン屋さんだよ」
「やった」
・・・笑えるようになったか
「先生、あのね、歩ちゃん、先生のこと好きだったんですよ」
「そうみたいだな」
「私達恋のライバル同士だったんですよ」
「ああ、そうか、はは、こんな子とライバルだったのか」
「ひどーい、笑ったー」
「学校、どうする?」
「お母さんに正直に話して、しばらく休みたいって言うよ」
「そうか」
「塾には行くよ」
「うん」
桜とともに逝ってしまったな、葬式の最中、そう思った。亡くなった次の日に
先生の友達に亡くなったことを告げるようメールを送信予約するよう、先生は
携帯を操作していたみたいで、たくさんのメールが先生の携帯に来た、一つ一
つに葬式のことを返信したらかなりの人数になった、先生の友達の数人が葬式
の準備を手伝ってくれて助かった。
 「もしかして、健一君?」
 「そうですが」
式を手伝ってくれている人から声をかけられた。
「わー、やっぱり、山田さん、弟いないし。もしかしてと思ったんだよ。よく
ねー、健一君のことを自慢していたよ」
「そうなんですか」
そんなことしていたんだ。先生。

先生はこんな簡単にと思うほど、呆気なく煙になってしまった。

斎藤は親と相談して、別の学校に通うことになった。いろいろ問題もあったけ
ど、PTAが力になってくれたようだ。僕は力になれなくてすまなかったと告
げると「あの時、助けてくれましたよ」と笑って答えた。斎藤達は高校生にな
っても僕の塾に通ってくれた、もちろん和江も。そして新しい子も何人か増え
た。

今年も桜は咲いて、そして散った。

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